結婚か、人間失格か。独身者の存在が許されないシュールな世界とは?

#週末シネマ

『ロブスター』
(C)2015 Element Pictures, Scarlet Films, Faliro House Productions SA, Haut et Court, Lemming Film, The British Film Institute, Channel Four Television Corporation.

カンヌ審査員賞受賞作『ロブスター』

なんというクセモノな怪作だろう。笑わないコメディ(笑えない、ではない)とでも言おうか。妻に出ていかれた男が突然、風光明媚なホテルに連れていかれる。チェックイン時には係員が性的指向など立ち入ったことを尋問し、ただのホテルではないことは一目瞭然だが、質問に答える主人公・デヴィッドも、連れてきた犬を「兄です。ここで前にお世話になってましたが、覚えてます?」などと話している。

何の説明もなく、いきなり物語が走り出す『ロブスター』。追い続けていくうちに、そこは“独身者の存在が許されない世界”であることがわかってくる。何らかの理由でパートナーのいない男女がホテルに集められ、45日間の期限内に相手を見つけなければ、動物に姿を変えられてしまう。どの動物になるかは本人の希望通り。デヴィッドは、変身するならどの動物がいいかと聞かれると、長寿で貴族のように血が青い「ロブスター」と答えるのだ。

相手が見つからなくても動物に変身させられたりしないが、婚活パーティ・ビジネスが盛んな日本に暮らす身には、妙に痛いところを突かれたような気分だ。ホテルには様々な理由でパートナーを持たずに生きてきた老若男女がいるが、動物になるよりはまし、と自分の性格や体質を偽ってまで相手を見つけようとする。生き延びる手段はもう1つある。ホテルを脱走し、森に逃げ込んだ独身者たちを狩り、捕らえた数だけ滞在期限が伸びるのだ。

物語は、デヴィッドがパートナーを見つけようと奔走する前半、森へ脱走した後半の2つに分かれている。森にはロバやクジャク、フラミンゴやラクダなど、“なりたかった”動物に姿を変えた独身者たちが放たれている。一方、脱走して森に暮らす独身者たちにはホテルとは正反対に、カップルになってはいけないというルールがあり、掟を破った者には厳罰が待っている。

両極端な世界で、ひたすら生き延びるために行動し続けるデヴィッドを演じるのはコリン・ファレル。アイルランド出身のセクシーな演技派といえば今はマイケル・ファスベンダーだが、同世代ながらひと足先に20代でブレイクしたファレルは、本作ではでっぷりしたお腹をさらし、いかにも小市民的な中年男性を演じている。森の中で出会う近視の女にレイチェル・ワイズ、ほかにベン・ウィショー、ジョン・C・ライリー、レア・セドゥ、と欧米のひとクセある実力派スターがこぞって出演している理由は、ヨルゴス・ランティモス監督だろう。

『籠の中の乙女』でアカデミー賞外国語映画賞ノミネート、『Alps(原題)』でヴェネチア国際映画祭脚本賞を受賞したギリシャ出身のランティモス監督の初の英語映画は、『籠の中の〜』でも見せた奇妙で不条理な世界をさらに加速させている。大人はプライベートにおいてはカップルで行動するもの、というのが社会の常識である欧米人にとっては、いい歳をして独身(パートナーがいない)というのは、異常と見なされるのかもしれない。

「伴侶を見つけられないなら動物に」か、「カップルになるのは禁止」の二択というシュールな状況を描き、第68回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した『ロブスター』は1人で生きること、つがいとして生きることについて問いかける。中高年の独身者が増え続けている日本で、この作品がどう受けとめられるか、非常に気になる。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ロブスター』は3月5日より公開される。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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