テロの恐怖が蔓延する今こそ見ておきたい。日常が浸食されていく様が恐ろしい『禁じられた歌声』

#週末シネマ

『禁じられた歌声』
(C)2014 Les Films du Worso (C)Dune Vision

2015年、フランスのアカデミー賞というべきセザール賞で最優秀作品賞をはじめ7部門を制した『禁じられた歌声』は、西アフリカのマリ共和国の街・ティンブクトゥに暮らす人々の物語。世界遺産に登録された美しい街にイスラム過激派が押し寄せ、住民たちを恐怖で支配しようとする様を描いている。

[動画]『禁じられた歌声』予告編

ニジェール川のほとりの砂丘地帯で暮らす少女・トヤの目を通して物語は展開する。両親と孤児の牛飼いの少年との生活は慎ましいが穏やかで幸せなものだったが、やがてイスラム過激派のジハーディスト(聖戦戦士)集団が街を占拠し、彼らの決めた規則によって、住民たちはあらゆるものを禁じられる。喫煙、サッカー、音楽を奏でることも笑うことさえも違法とされ、破った者には厳しい懲罰が課される。

だが、住民たちは簡単に服従しない。不条理な服装制限に魚売りの女性は「魚を売るのに手袋をしろというのか」と銃を構えた過激派たちに怯まず抗議する。隠れて音楽を楽しむ人々もいれば、少年たちは目に見えないボールを追うエア・サッカーに興じる。巡回中の兵士もさすがに手出しすることができず、少年たちを見守るばかりだ。だが、歌を歌った女性は鞭打たれ、美しい少女は本人の意志と無関係に無理やり花嫁にされ、事実婚のカップルは投石による公開処刑になる。

一夜にして状況が変わるのではなく、自然の中で静かに生活を営む人々の日常が少しずつ侵食されていく様が恐ろしい。さらにこの作品では過激派集団を単なる悪として表現せず、隠れてタバコを吸ったり、夫のいる女性に興味を持つ人間的な弱さを持つ存在として描く。武器を持ち土足でモスクに入って来た彼らは、それをたしなめる指導者の言葉を聞く耳は持つ。それでも最終的には彼らの圧政が街を押しつぶしていく。混乱を避けて街外れに移ったトヤとその家族も不幸な事件をきっかけに悲劇へと巻き込まれていく。

モーリタニアに生まれ、幼少期をマリで過ごしたアブデラマン・シサコ監督は、2012年にマリ北部の町で実際に起きた若い事実婚カップルの処刑に触発され、本作の製作を決意した。当初はドキュメンタリーにするつもりだったが、過去ではない現在進行形の状況を本音で語ることは住民側にとってはもちろん、占領者側にも無理なことだとすぐに悟ったという。2013年、占領から解放されたティンブクトゥに赴き、ようやく人々が語り始めた事実を脚本に盛り込んでいった。

映像も登場する人々もみな美しい。目に映る詩のように美しい光景が語る残酷な現実に打ちのめされた。(文:冨永由紀/映画ライター)

『禁じられた歌声』は12月26日より公開される。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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