最高にハッピーなSNS時代の音楽映画『はじまりのうた』/前編

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『はじまりのうた』
(C)2013 KILLIFISH PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED
『はじまりのうた』
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『ONCE ダブリンの街角で』のアカデミー賞(歌曲賞)受賞で、映画ファン&音楽ファンの心を一気に掴んだジョン・カーニー監督の最新作『はじまりのうた』が、今日から公開される。アメリカでは口コミで上映館がどんどん拡大(5館→1300館!)し、すでに『ONCE』を超える大ヒットを記録しているという。結論から言ってしまうと、本作はそんな好評ぶりに頷くことしかできない、最高にハッピーな音楽映画だ。

“凹(へこ)んだ心は、いつか凸(ふく)らむ。”というキャッチコピー通り、物語はマイナスからプラスへゆったりと転じていくのだが、そこに大げさな演出はいっさいなく、ただ素朴な歌と演奏があるだけ。劇中のセリフを借りるなら、“音楽によって、平凡な風景が意味のあるものに変わる”ことが、ごく当たり前のことのように描かれている。

ミュージシャンとして大きな波に乗りつつあるボーイフレンド(アダム・レヴィーン/マルーン5のフロントマン)と別れ、失意のなかライヴハウスで歌うグレタ(キーラ・ナイトレイ)。彼女自身も優れたシンガー・ソングライターなのだが、自分の歌を大切に思うあまりに大きなチャンスを掴めずにいる。そんな彼女のミュージシャン人生を変えたのは、落ち目の中年音楽プロデューサー(マーク・ラファロ)との出会い。グレタの歌に惚れ込んでしまった彼は、すぐに彼女のレコードを作ろうと決めるが、自身の設立したレーベルから追い出されたばかりで制作費が捻出できない。そこで彼はニューヨークの路地裏や地下鉄のホーム、ビルの屋上などでゲリラ的にフィールド・レコーディングすることを思い立つーー。

ミュージシャン同士の男女を描いているところなど、本作には『ONCE』と重なる部分がいくつかある。あの映画の“その後”と解釈することもできそうだ。しかし、内省的で私小説と言っていい内容だった『ONCE』に比べると、この映画のベクトルはより“外”へ向けられている。ジョン・カーニー監督はもともとザ・フレイムスというバンドでベースを弾いていたミュージシャンであり(『ONCE』の主演をつとめたグレン・ハンサードは、このバンドの同僚)、この2作には監督のさまざまな実体験も織り交ぜられているという。そう考えると本作は、カーニー監督自身がミュージシャンとしての自分の“たられば”を、ポジティヴ方向に想像を膨らませてまとめ上げた物語なのかもしれない。(…後編へ続く)(文:伊藤隆剛/ライター)

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。

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