【週末シネマ】黒人監督が見つめた奴隷制度──現代にも通じる不条理描くオスカー受賞作

『それでも夜は明ける』
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『それでも夜は明ける』

第86回アカデミー賞で作品賞、助演女優賞、そして脚色賞の3冠を達成した『それでも夜は明ける』は、19世紀半ばのアメリカで自由の身から拉致され、奴隷として12年間を過ごしたソロモン・ノーサップの自伝を、イギリス出身のスティーヴ・マックイーン監督が映画化したもの。44歳で長編映画3作目にして、オスカー史上初の黒人監督による作品賞受賞という快挙を成し遂げた。

第86回アカデミー賞、社会派とエンターテインメント作品が共存する受賞結果に

主人公のソロモンはアメリカ東部で妻子と暮らすヴァイオリニスト。自由黒人として白人と変わらない生活を営んでいた彼は、2人組の男から実入りのいい仕事を持ちかけられる。2週間の仕事を終えて彼らと祝杯をあげたが、次に目を覚ますと鎖につながれ、南部の農園に奴隷として売り渡されていた。

事態が呑み込めないソロモンは「何かの間違いだ」と必死で訴える。自分が発言すれば他人は聞く耳を持つ、行動すれば何かしら反応がある──つまり、人と人としてのコミュニケーションが成立すると思っている。だが、違うのだ。名前も奪われ、問答無用で一方的に押さえつけられる家畜。それが奴隷という立場なのだという暴力的な事実を、ソロモンも観客もいきなり突きつけられる。

農園での苛酷な日々は恐怖と屈辱の連続だ。仕事ができなければ当然のごとく、あるいは能力を見せても白人から半殺しの扱いを受ける。当時、奴隷への鞭打ちや縛り首が横行していことは多くの知るところだが、それを長回しで延々と見せる演出は凄まじい。心身が受ける苦痛と絶望、そして巻き添えを恐れて無関心を装う仲間たち、高みの見物を決め込む白人をただそのまま映す。

理不尽に奪われた自由を求めて戦うソロモンを演じるキウェテル・イジョフォーはイギリスを中心に映画、舞台で活躍する。『ラブ・アクチュアリー』ではキーラ・ナイトレイの夫を演じ、倒産寸前の靴メーカーがセクシーなブーツ製造で起死回生を図る『キンキー・ブーツ』ではマツコ・デラックスばりの迫力あるドラァグ・クイーン姿を披露した。『ゼロ・グラビティ』でアカデミー賞監督賞を受賞したアルフォンソ・キュアロンの『トゥモロー・ワールド』にも出演している。調べるほどに、この作品にも出ていたのかと驚かされる。1つひとつの役への同化が見事な名優だ。若く美しいゆえに綿農園主のえじきとなり、サディスティックに扱われるパッツィーを演じた新星、ルピタ・ニョンゴはイェール大学で演劇を学んだ才媛。アカデミー賞助演女優賞に輝いた。

マックイーン監督は無辜の被害者(黒人)と残虐な加害者(白人)という二元論に収まらせず、人種や性別、階級などあらゆる差別が、“自分より弱い存在を叩きたい”という人間の醜い一面を引き出し、増長させる現実を冷徹に描く。搾取する側の精神の歪みは、人が人を迫害することへの無意識の罪悪感によって悪化していく。

その悪循環の象徴なのが嗜虐的な農園主・エップス。マックイーン監督の過去2作(『HUNGER/ハンガー』『SHAME −シェイム−』)に主演したマイケル・ファスベンダーが演じている。ほかにベネディクト・カンバーバッチ、ポール・ダノ、ポール・ジアマッティが出演。本作のプロデューサーとしてオスカー初受賞を果たしたブラッド・ピットもカナダ人の大工役で出演している。

本作がソロモンの自伝であることからも、彼が奴隷生活から解放されたのは自明のこと。だが、そのラストにたどり着いたとき、思いも寄らなかった感情が湧き起った。160年以上も昔のアメリカで起きていた不条理が現代にも通じているこに慄然とする。過去であって過去でない悲劇の普遍性と、それでも屈しない人間の魂の強さに打たれた。(文:冨永由紀/映画ライター)

『それでも夜は明ける』は3月7日よりTOHOシネマズ みゆき座ほかにて全国順次公開中。

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