【週末シネマ】ユーモアと愛情を忘れない視点に心が温まる、感じのいい1本

『砂漠でサーモン・フィッシング』
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『砂漠でサーモン・フィッシング』

『ギルバート・グレイプ』のラッセ・ハルストレム監督とユアン・マクレガーが組み、『スラムドッグ$ミリオネア』でオスカーを受賞したサイモン・ビューフォイが脚本を手がける。この顔合わせだけで、まず期待が芽生える。『砂漠でサーモン・フィッシング』という謎めいたタイトルにも興味を引かれる。そんな荒唐無稽な。だが、タイトルの示す通り、ストーリーは、イギリス人の水産学者が砂漠の国・イエメンでの鮭釣りを実現させるべく奮闘するというもの。

[動画]『砂漠でサーモン・フィッシング』予告編

“奮闘”は少し違うかもしれない。イエメンの大富豪の「砂漠に鮭を泳がせて釣りを楽しみたい」という突飛な依頼に対して、主人公のジョーンズ博士は「まったく実行不可能です」と常識ある回答を即座に返したのだから。だが、代理人を務める知的美女のハリエットに押しまくられ、中東との関係改善を画策する英国政府も介入し、所属する漁業・農業省の上層からのアメ(昇給)とムチ(断ればクビ)に、ジョーンズは渋々、国家レベルに急展開したプロジェクトに参加する。

仕事熱心だが、人付き合いは苦手で変わり者を自認するジョーンズを演じるユアン・マクレガーは、地味で慎重なインテリ男が大富豪とハリエットとの出合いによって次第に変化し、新しく生まれ変わる過程を丹念に演じる。強気で仕事一筋のハリエットが恋に落ち、揺れ動く心を繊細に表現するエミリー・ブラントとの相性も良い。富豪のシャイフ・ムハンマドを演じるアマール・ワケドの思慮深い眼差しと、次々と出て来る至言の数々も端正だ。

大富豪の酔狂に隠された理想、ジョーンズとハリエットそれぞれのパートナーとの関係など、様々なエピソードを織り込む一方で過度にドラマを盛り上げ過ぎない作風に、脚本家と監督それぞれの持ち味が活かされている。

ポール・トーディの原作「イエメンで鮭釣りを」は、手紙やEメール、新聞雑誌の記事、メモといった様々な形態の文で構成されているが、映画にも適度にその手法が持ち込まれ、たとえば、SNSを駆使する首相広報官(クリスティン・スコット・トーマスが好演)の人物像を一発で伝えるのに功を奏している。

真面目な人、いい加減な人。融通の効かない人、懐の深い人。登場人物全員を丁寧に描写し、ユーモアと愛情を忘れない視点に心が温まる。感じのいい人たちが集まって作った、感じのいい映画。人間の善な部分が魅力的に映る。悪はドラマになりやすいが、説教じみた退屈なトーンに陥らずに善を描くのは難しい。その高いハードルをさらりとクリアしてみせた快作。(文:冨永由紀/映画ライター)

『砂漠でサーモン・フィッシング』は12月8日より丸の内ピカデリーほかにて全国公開される。

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『砂漠でサーモン・フィッシング』作品紹介

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