『読まれなかった小説』ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督インタビュー

トルコの巨匠が“父の孤独”描いた新作について語る

#ヌリ・ビルゲ・ジェイラン

甥と語り合ったときにアイディアが芽生えた

父と同じような人生を歩むことに抵抗を感じている作家志望の息子・シナンと小さな町の教師である父・イドリス。相容れない父子の関係が変化する様を、美しい風景とバッハの旋律と共に描きだしたのが『読まれなかった小説』だ。監督は、前作『雪の轍』で第67回カンヌ国際映画祭パルムドール大賞を獲得したトルコの巨匠、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン。自身の人生を反映させたという本作について、ジェイラン監督に話を聞いた。

──このプロジェクトはどのような経緯で思いついたのですか?

監督:当時、私は妻と共に別のプロジェクトに取り組んでいました。それは家族についての物語で、トロイ遺跡近くの海辺の別荘に滞在していたときに私の親戚である教師に会いました。彼はとても個性的で私の父と似ているところがあるのですが、その彼と地球の匂いやアレキサンダー大王の偉大さなどについて語り合いました。でも、地元の人々は誰も彼の話に耳を傾けませんでした。彼は農業技術者で熱心な読書家でしたが、友人が少なく、寂しがっていました。地元の新聞社で働く彼の息子のアキンもまた読者家で、口数が少ない人物です。私は甥にあたるアキンのことが大好きで、彼の話を聞くうちに、彼の映画を作ろうという考えが大きくなっていきました。アキンとは、彼の父親の孤独について語り合いました。そして、父への感情や家族の関係性について描く許可を求めましたが、しばらく何の返事もありませんでした。

──その後、どうなったのですか?

ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督

監督:3ヵ月後、彼から長文のメールが届きました。私はそれを読んで感動しました。そこに真実があったからです。彼の物語は何かを差し引くことも、自分を英雄として誇示することもありませんでした。そこで、妻の同意も得て、この『読まれなかった小説』を撮影するために先に取り組んでいたプロジェクトを保留することにしました。そして、アキンに脚本の執筆を依頼し、さらにはイマーム・ヴェイセル役を演じてもらいました。

──アキンさんと監督の共同脚本とのことですが、制作はどのように進められましたか?

監督:アキンがいくつかのアウトラインを書き、その中から私が選択していきました。同時に、私は彼が書いた自伝的な2冊の本を読み、その内容を脚本に反映していきました。

──本作には監督自身の幼少期は反映されていますか?

『読まれなかった小説』撮影中の様子

監督:はい。父との関係が影響しています。ただ、映画は主にアキンの性格を反映しています。彼の父は映画の中の父親のような教師であり、彼もまた映画で描かれるような作家です。アキンの父親が友人からお金を借りようとしたとき、友人たちに何を言われたのかも詳細に聞きました。アキンの父親はイドリスと同様にギャンブルをしていて、彼の家族は家を売ることさえ強いられたのです。

──イドリスの皮肉な笑い声はあなたのアイディアですか?

監督:私の父がそんな人でした。村で父の話に耳を傾ける人は誰もいなかったので、彼は自分自身の言葉で笑っていました。村人がなぜ父イドリスを尊敬しないのか、細部を描くことで説得力を持たせたいと思ったのです。そこで、ギャンブル依存症と皮肉な笑い声を設定しました。トルコの田舎では、ずっと笑っている人は嫌われます。

──この映画には、息子と父親をはじめ多くの対立する関係があり、セリフも膨大ですね。

『読まれなかった小説』撮影中の様子

監督:プロではない俳優には難しいセリフの量ですが、映画出演経験がないアイドゥン・ドウ・デミルコルを主演に選びました。私は彼がコメディ番組に出演している動画をFacebookで見つけ、彼で試してみたいと思ったのです。彼は、オーディションした俳優の中で一番セリフを覚えていましたし、3時間以上の映画で対話のシークエンスを耐えるだけの能力や私が望んでいるものを理解する演技力もあります。彼は私が今まで会ったなかで最も賢い俳優ですね。また、父親役を演じたムラト・ジェムジルもコメディに精通した俳優です。

──シナンがふたりのイマーム(イスラム教の「指導者」)と膨大な量のセリフを話しながら歩く長回しのシーンを入れた意図は何ですか?

監督:本作では、若者の価値観について描きたいと考えていました。イスラム教徒の国において宗教は最も重要なもののひとつですが、田舎の地域では、それを批判したり、自身の宗教観を語ることは事実上不可能です。私の父がそうでしたが、彼はそれを公にも、家族に対してさえも、決して話しませんでした。シナンは宗教観についての話がしたいのですが、家族と話すことができないので、他の人々に話しかけるのです。私はその膨大な量のセリフが、トルコ以外の観客にとって混乱を招いてしまうかもしれないことを理解しています。しかし、私たちにとっては重要な問題提起なのです。

──原題であり、劇中の小説のタイトルの「Ahlat Agaci(野生の梨の木)」の由来は?

監督:アキンが書いた短編小説「The Loneliness of the Wild Pear Tree(野生の梨の木の孤独)」を基にしました。野生の梨の木はいびつな形で、苦い実を結びます。乾燥した土地で育つので、あまり水を必要としません。つまり、見向きもされない果実の木なのです。

──俳優にはどのような演出の指示をしたのでしょうか?

監督:私は俳優と登場人物のキャラクターについて詳細を話すことを好まず、技術的な指示を与えるのみです。俳優の多くはキャラクターに対する直感的なアプローチを持っていますが、私が物事を説明しすぎると、それらが妨げられてしまうことがあるからです。私は彼らに何かを思い出させるのが好きで、必要がある場合だけ訂正します。

──撮影はどのように行いましたか。

監督:新型カメラ「Osmo」を採用しました。そのおかげで、屋外を歩きながら話すシーンなどでは、カットすることなく、ロングシークエンスを撮影することができました。物語を冬に終わらせたいと思っていたので10月にクランクインしましたが、晴れ続きでした。ラストシーンを撮り終えたとき、ようやく太陽が隠れたので、再び撮影をしました。二度目の撮影を終えると、今度は雪が降り始めました。そこで、三度目の撮影をしました。

──編集はどのように進めていくのでしょうか?

監督:編集中は私と妻のふたりで何度も試写を行い、それから何人かの人にラッシュを見てもらいます。しかし、最も重要なことは、自分自身に時間を与えることです。この映画を編集するのに1年近くかかりました。今回、初めて編集者は立てず、ひとりで編集をしました。私は他人との長期間の協働作業は向いていないのです。

ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
Nuri Bilge Ceylan

1959年1月26日、トルコのイスタンブール生まれ。短編を撮影後、1997年、『カサバー町』で長編監督デビュー。『冬の街』(03年)で第56回カンヌ国際映画祭グランプリと主演男優賞を、『スリー・モンキーズ』(08年)で第61回カンヌ国際映画祭監督賞を、『昔々、アナトリアで』(11年)で2度目のカンヌ国際映画祭グランプリを受賞。前作の7本目の長編『雪の轍』(15年)では、第67回カンヌ国際映画祭パルムドール大賞と国際批評家連盟賞を受賞した。本作『読まれなかった小説』は、第51回トルコ映画批評家協会賞において作品賞や監督賞など6冠に輝いている。