『世界で一番しあわせな食堂』ミカ・カウリスマキ監督インタビュー

フィンランドを舞台に、地元食堂と異国料理人との出会い描く

#フィンランド#ミカ・カウリスマキ#世界で一番しあわせな食堂

ミカ・カウリスマキ

料理は人と人をつなぐ最良の方法

『世界で一番しあわせな食堂』
2021年2月19日より全国順次公開
(C)Marianna Films

舞台は北欧・フィンランドの田舎町。シルカは地元の馴染み客が集まる小さな食堂を一人で営んでいる。ある日中国人のチェンが息子を連れて食堂を訪れる。プロの料理人である彼は、この村に住むかつての恩人を探していると言う。彼の料理の腕前を見たシルカは、食堂で料理を提供してもらう代わりに恩人探しを手伝うと持ちかける。

祖国のラップランド地方に押し寄せる中国人観光客の一団を見て、本作をひらめいたというミカ・カウリスマキ監督。フィンランドを代表する映画監督の一人であり、ラップランドをこよなく愛する彼が、本作に込めた、自然と食の大切さについて語ってくれた。

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──本作のアイデアはどのようにして生まれたのでしょうか?

監督:私は数十年もの間ラップランド地方の大ファンで、年2回は訪れています。私が35年前に創立に関ったミッドナイト・サン映画祭が開催されている夏の間に1回、そしてクリスマス休暇の冬の間に1回です。クリスマスはとても暗く寒い時期で、普段人はあまりいないのですが、数年前、サーリセルカという小さな村がたくさんの人で混雑している場に遭遇しました。最初は何かスポーツイベントでも行われているのだろうと思ったのですが、それは中国人観光客だったのです。それ以来、ラップランドに中国人観光客が殺到するようになりました。
同じ頃、脚本家から、伝統的な中国医学に興味があるという話を聞きました。中国医学では、食事がとても重要な役割を果たしており、健康の秘訣。「あなたは食べたものでできている」という考えが根底にあります。その時、中華料理のプロのシェフ・チェンについて映画を撮るというアイデアがひらめきました。チェンはラップランドの小さな村にやってきて、食事を通して地元の人々の心を開いていくのです。

──本作の舞台ラップランドには、とても美しい景色や場所が数多く存在しますね。
『世界で一番しあわせな食堂』撮影中の様子

監督:ラップランドは私の心に特別な場所を占めています。手つかずの自然が残っており、まだ人々によって台無しにされていない、とても神秘的な場所なのです。正直、ラップランドで美しくない場所を探すことのほうが難しいと思います。しかし自然を撮った理由は、その美しさのためだけではなく、むしろ自然と環境の保護を訴えるためでした。撮影場所の近くに空気汚染を計測する機関があり、そこによると、撮影した地域の空気は世界で最も清浄だったのです。映画にある通り、湖の水もそのまま飲めるほどきれいです。そして、こうした環境で生きているトナカイの肉もとても安全です。私は本作を通して、美しい自然の重要性を示したかったのです。

──キャスティングはどのように進めましたか?

監督:まずチェン役については、個人的な中国人俳優の知り合いが一人もいなかったので、中国人の共同プロデューサーに頼み、チェン役にふさわしいと思う俳優の写真やビデオを送ってもらい、たくさんの俳優の紹介を受けました。そしてチュー・パック・ホングのビデオが私の手元に来たのです。すぐに彼が素晴らしい俳優であることがわかりました。彼のビデオを見終わる頃には、彼こそが私たちの求めるマスター・チェンであると確信しました。彼は熟練の舞台俳優で、2度も香港の最優秀俳優に選ばれています。
マスター・チェンの息子役のキャスティングも同じプロセスでしたが、もっと早く決まりました。オーディション映像をみて、ルーカス・スアンを起用することに決めましたが、正しい判断だったと思います。初めての映画出演であるにもかかわらず、彼は素晴らしい演技を見せてくれました。
シルカ役のアンナ=マイヤ・トゥオッコはフィンランド人女優で、実は脚本を書くかなり始めの段階から、シルカ役にはアンナを心の中に描いていました。彼女とはすでに一緒に仕事をしたことがあり、完璧なシルカになると考えました。制作を始める段階になって、撮影の開始時期と彼女の別の仕事が重なって、スケジュールを抑えることができなくなりました。しかしこちらもスケジュールの都合で、撮影開始を数週間延期することになり、幸運にもアンナをキャスティングできることになったのです。

ミカ・カウリスマキ

『世界で一番しあわせな食堂』撮影中のミカ・カウリスマキ監督(左)

──子どもたちの自然な演技が印象に残っています。

監督:一流の俳優を起用する一方で、地元のアマチュア俳優もキャスティングしました。映画にリアルな田舎の雰囲気をもたらすためです。食堂にいる男性客は、地元の人たちです。彼らは普段から食堂に入り浸っています。子供たちもほとんどが地元の子たちです。私の実の子ども2人、それから孫娘も、地元の子どもたちに紛れてシーンに映っています。アマチュアの俳優と仕事をするのも好きです。彼らを過度に演出することはできませんが、安心できるいい環境を用意すれば、ごく自然な形でとても良いパフォーマンスをしてくれるのです。

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好きな映画監督は溝口健二、小津安二郎、黒澤明

──なぜ食や料理を主役にしたのですか?

監督:中華料理には何千年もの歴史がある一方で、フィンランド料理には長い歴史などありませんし、食事は空腹を満たすためだけのものという考えがあります。フィンランド料理はとてもシンプルです。決して健康的な食べ物がないわけではありませんが、多くの人がとても不健康な食事をしています。なので、遠く離れた国の、まったく異なる文化を持つ2人の出会いと、2人の架け橋となる料理を描きたかったのです。料理は人々をつなぎあわせる最も良い方法の一つですからね。

──中華料理は以前からお好きでしたか?

監督:実はずっとお気に入りの料理は、日本食とイタリアンでした。ですが、だんだんと中華料理も好きになりました。ヘルシンキに中華レストランができ始めたのは1980年代でしたが、その頃の味は今ひとつで、いつからか中華レストランを避けるようになっていました。しかし近年、とても良い中華レストランがオープンして、どれも本当に美味しいんです。

世界で一番しあわせな食堂

──映画にもおいしそうな中華料理がたくさん出てきますね。

監督:撮影中は中国人シェフがスタッフとして食事を作ってくれました。彼は普段ラップランドの中華レストランで働いていて、映画のための食事を作り、撮影クルーにケータリングも用意してくれました。彼の料理は映画のように本当に美味しくて、誰もがランチの時間を待ち遠しく思っていたほどです。
私は今まで世界中を旅して、いろいろな場所で素晴らしい中華料理を食べてきました。中でも抜群だと言えるのは、杭州市での本作の撮影中に食べた料理です。ケータリングのために最高のシェフを雇い、彼の見た目にも美しい料理の数々をエンドクレジットでも使用しました。あまりに美味しく多様で、言葉では言い表せないほどでした。

──日本の観客に向けてメッセージをお願いします。

監督:私は昔からずっと日本の大ファンです。好きな映画監督は溝口健二、小津安二郎、黒澤明で、彼らの作品が大のお気に入りです。日本人の皆さんならきっと、私の映画にこうした巨匠からの影響が垣間見えるはずです。少なくとも、私は確かにそのエッセンスを入れました。本作が日本で公開されてとても嬉しいですし、また日本に行きたいと強く思っています。どうぞ美味しい日本食を存分に味わい楽しんでください。それと少しの日本酒もね。

ミカ・カウリスマキ
ミカ・カウリスマキ
Mika Kaurismaki

1955年生まれ。フィンランドで最も有名な監督・プロデューサーの一人。映画監督のアキ・カウリスマキは弟。ジャンルを問わず多くの作品を手掛け、日本公開作としては『ヘルシンキ・ナポリ/オールナイトロング』(87年)、『アマゾン』(91年)、『GO!GO!L.A.』(98年)、『モロ・ノ・ブラジル』(02年)、『旅人は夢を奏でる』(12年)などがある。『Sonic Mirror』(08年・未)、『Mama Africa』(11年・未)など、ドキュメンタリー映画の監督・プロデュースも手掛けている。『Arvottomat』(82年・未)、『Rosso』(85年・未)、『ヘルシンキ・ナポリ/オールナイトロング』(87年)、『Zombie ja Kummitusjuna』(91年・未)では、フィンランド最高の映画賞ユッシ賞を受賞。フィンランドの北極圏にある小さな町ソダンキュラで開催されるミッドナイト・サン映画祭の創設者のひとり。