『Away』ギンツ・ジルバロディス監督

ラトビアの新星クリエイターがアニメーション制作秘話を語る

#Away#アニメ#アニメーション#ギンツ・ジルバロディス#ラトビア

少年と旅する小鳥は、制作中に重要キャラになっていきました

『Away』
2020年12月11日より全国順次公開
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ラトビア出身の若きクリエイターがたった一人で作り上げたアニメーション『Away』。飛行機事故で一人生き延びた少年が、森で地図を見つけ、黒い影から逃れながら小鳥とともにオートバイで森を駆け抜ける、というストーリーで、セリフのない長編アニメだ。本作は、アニメーション映画祭として最大規模と権威を誇るアヌシー国際映画祭において、2019年に新設された実験性・革新性のある長編アニメーションを対象とするコントルシャン賞を受賞したのを皮切りに、世界中の映画祭で9冠を達成(2020年11月現在)するなど、世界的に注目されている。

クリエイターの名前は、ギンツ・ジルバロディス。8歳からアニメーションをつくり始め、16歳でショートアニメ『Rush』を制作。その後も手描きアニメーション、3Dアニメーション、実写などさまざまな手法で7本の作品を生み出し、25歳のときに本作『Away』を完成させた。3年半かけて、資金集めから監督、編集、音楽まですべて一人で作り上げた長編デビュー作の日本公開を前に、監督がオンラインでのインタビューに応じてくれた。

・『Away』特別映像

──少年の相棒のような黄色い小鳥がとても可愛らしかったのですが、監督の以前の作品『Aqua』(2012年)にも小鳥が出てきていました。小鳥をよく使う理由は?

監督:あの飛べない小鳥は、もともとは少年が見かけた程度のキャラクターだったのですが、どんどん膨らましていってしまいました。なぜかというと、少年のありようと小鳥のありように重なる部分があったのです。つまり二人とも自分の所属している群れから離れた状態にあり、その群れや家族のところに帰りたいと思っているわけですよね。その共通項があるために二人の物語が膨らんでいき、最終的には準主役のようなキャラクターになったわけです。
そもそも今作も含めて僕の作品に動物ばかり登場するのは、人間の場合は、彼らを喋らせなくてはいけないですが、動物たちであれば話す必要がないからです。『Away』の場合は、少年と動物たちを対比させたいという意図もありました。小鳥もネコもみな群れていますが、少年だけは仲間を探している状況を際立たせたかったのです。
鳥を登場させる理由はもうひとつあります。アニメーションというメディアに鳥はふさわしいキャラクターなのです。鳥と一緒に飛べるような描写はアニメならではだと思います。

ギンツ・ジルバロディス

──セリフがないということにこだわる理由は何でしょうか。

監督:単に自分がセリフを書くのが得意ではないからです。いつかはセリフのある作品を作るかもしれませんが、その時は誰かと組むような気がしています。それに、イメージと音で語るというのが僕にとっては自然な語り口なのです。アニメというメディアに関して言うと、それは珍しいことではありません。アニメの映画祭に出品されている短編の多くはセリフがありません。映像作家として、ビジュアルと音でいかにストーリーを語るか、ということは大事なスキルだと思います。そのスキルを磨いたうえで、セリフを付け加えればいいのではないでしょうか。また、セリフがないことで文化をまたぐ普遍的な作品になるという利点もあると思います。

──イラストもシンプルですね。例えば、少年の目は描かれていますが、口はほとんど描かれていなくてたまに歯がチラッと出る程度でした。それでも少年の戸惑いなどがよく伝わってきました。また、美しい自然風景の描写の中に、猫が同じ構図でたくさん出てきたりするところに少し不気味さを感じました。これらのことは意図的にされたのでしょうか。

監督:あえて表情をおさえているのは、終盤の方で彼がちょっとした笑みを浮かべるときに、それを際立たせたかったからです。表情を豊かにしないほうが作品本来の雰囲気を出せると思いました。表情を描かない分、寄せたり引いたりするカメラの動きと音楽で彼の感情を語ることにしました。その方が、想像力をかりたて、少年の気持ちがより観客にゆだねられるからです。
猫に関しては、最初は一匹一匹にそれぞれのキャラクターがあるように描こうと考えていたのですが、技術的にとても大変でした。それで、同じデザインをコピーしてコピーしてを繰り返して、あのような集団にしました(笑)。 ただ、結果的に、猫たちの動きが全く一緒であることが思わぬ効果を生み出しました。何か一つの大きな集合体を見るような感じに仕上がったのです。技術的な限界がストーリーテリングを邪魔するのではなくより良いものにしていく場合もあるんだな、と我ながら思いました。

単語のタイトルは、ビジュアル面や複数の解釈ができることなども考慮しています

──監督は本作を制作している間ずっと主人公や少年と呼んでいたのでしょうか。それとも、実は名前があったのでしょうか。

監督:“Just a Boy”。名前はありません。

ギンツ・ジルバロディス

──監督の過去の作品を5つほど拝見しました。その中には音楽を別の方が担当しているものもありましたが、今回の作品では監督が音楽も担当しています。ご自身でやろうと思った理由は何でしょうか。

監督:以前の作品で組んでいた作曲家は素晴らしい方なのですが、どちらかというとクラシカルな音楽を作るので、今回の作品には合わないのではと思いました。今回はよりミニマリズム的なアプローチにしたかったのです。それで、自分でやってみることにしました。技術が高くない分、スコアの反復を繰り返すことで観客を催眠にかけるような、没入感のあるものに仕上がったと思います。今回の作業の中で、音楽が一番楽しかったですね。アニメーションよりもはるかに早く作れますし、絵にうまくはまりそうかどうかが直感的にわかるので。僕の場合、音楽に合わせて映像を編集したいので、作品を完成させる前に音楽を完成させるんです。従来の作品づくりは、映像を仕上げて仮のスコアをつけて、それを作曲家に聞かせて書き下ろしを依頼するわけですが、個人的にはそのやり方ではクリエイティビティが入る隙がないと感じています。ですので、僕の場合は、いわゆる仮スコアが完成稿であるという気持ちで作っていて、それに合わせて編集をしているんです。

──監督の作品は、『Rush』『Aqua』『Priorities』『Followers』『Inaudible』、そして『Away』と、一つの単語のタイトルが続いています。文章ではなく単語のタイトルをつけるのには何か理由があるのでしょうか。

監督:あえて単語にしているのは、簡潔だからですね。いろいろな映画祭に出品するのですが、毎回長いタイトルを書くのは面倒くさいので短いタイトルにしています(笑)。それだけではなくて、ポスターにした時にこの単語をあてるとビジュアルはどうなるか、ということも意識しています。単語の見た目の良さや面白さ、翻訳しやすさ、記憶に残りやすいかどうか、そして作品で描いていることを反映する単語でありながらも複数の意味を内包するような単語かどうか、ということも考えていますね。『Away』の場合は、少年が冒険に出て行くという意味でAwayかもしれないし、自分の帰るべき所や家族から離れて孤独だからAwayかもしれない、そういう風に複数の解釈ができるようにしています。

ギンツ・ジルバロディス

──監督は日本にも何度かいらしていて、美しい写真も撮られていますね。作品の中で使ってみたい日本の風景などはありましたか?

監督:今回の作品に出てくる竹林は、日本のとある所を訪れた影響です。次回作には山間が出てきますが、これも日本の風景にインスパイアされていますね。本当はこの作品の宣伝で日本に行きたかったのですが、コロナが収束したらまた訪れたいと思っています。

(text:中山恵子)

ギンツ・ジルバロディス
ギンツ・ジルバロディス
Gints Zilbalodis

1994年ラトビア生まれ。幼少期より古い映画やアニメーションに触れ、8歳の頃にはアニメーションの前身となるような制作を始め、16歳でショートアニメ『Rush』(2010年)を制作。『Aqua』(2012年)、『Priorities』(2014年)、『Followers』(2014年)、『Inaudible』(2015年)など、7本の作品を生み出す。『Away』が初の長編アニメーション。全てを一人で作り上げた『Away』は、アヌシー国際アニメーション映画祭コントルシャン賞を受賞、その他、世界中のアニメーション映画祭で話題をさらった。次回作も制作中。