『ソローキンの見た桜』阿部純子インタビュー

歴史を知り、勉強不足を痛感した若手演技派女優

#阿部純子

言葉にして話し合うことの大切さを学びました

『ソローキンの見た桜』は、日露戦争時代の史実をもとにした悲しくも壮大な愛の物語だ。舞台は、愛媛県松山市のロシア兵捕虜収容所。捕虜になったロシア兵将校ソローキンと日本人看護師ゆいは互いに心惹かれていき、ソローキンは祖国へゆいを連れて帰ろうとするが、敵国の相手への想いは許されるはずもない。そんな二人の愛は数奇な運命をたどり、現代のロシア人と日本人の桜子を結びつける。

ゆいと桜子を演じるのは、若手実力派として評価の高い阿部純子。一人二役に加えて英語でのセリフにも挑戦した阿部に、ロシア人俳優とのコミュニケーションや本作への想いを聞いた。

──本作に出演が決まった経緯を教えてください。

阿部:井上雅貴監督からお話をいただいて台本を読み、すぐに出演したいと思いました。実際に存在した松山市のロシア兵捕虜収容所を舞台に実話をもとにした物語、という点に強く惹かれました。

──日露戦争時代の看護師ゆいと、現代のテレビディレクターである桜子を演じていますが、二役を演じるうえで意識したことはありますか?

阿部純子

阿部:ひとり(ゆい)は戦時中を生きる古き良き女性で、もうひとり(桜子)は現代を生きる好奇心旺盛でフットワークの軽い女性です。時代も生き方も違う二人なので、そのコントラストを意識して、監督と相談しながら役を作っていきました。

──戦時中の女性を演じるにあたって、資料を調べたりもされたのでしょうか?

阿部:実在したロシア人の日記を読んだり、当時の捕虜収容所の写真を見たりしました。こうして作品を通じて戦争というものにかかわったことで、自分の勉強不足を痛感しました。この作品のテーマのひとつでもありますが、戦争は人と人を引き裂くものであり、伝えていかなければいけない多くの物語があるんだな、と感じました。

──ゆいは、ソロ―キンが敵国の相手であるという葛藤がありながらも、それより強い気持ちを持つようになっていきます。阿部さんご自身がゆいならば、どのようにふるまったと思いますか?

阿部純子

阿部:撮影中にも考えました。あの時代において、ゆいは勇気のある女性だったと思います。ゆいは大切な家族を戦争で亡くしていますが、ロシア兵の捕虜の方々と話しているうちに「こういう生き方もあるんだな」と自分の世界が広がっていくんですよね。自分だったらどうするかはわかりませんが、時代は違うものの、ひとりの女性がどんな風に悩んでいるかという根本的な部分では今の私たちに共通する部分もあるので、見てくださる方には、そこに共感していただけたらいいな、と思います。

──日本とロシアとの合作ですが、日本だけでの撮影とは違ったことや新たに学んだことなどはありましたか?

阿部:それは大変でもあり楽しくもあったことなのですが、私自身の価値観が日本人のものなんだな、というのを感じた現場でした。例えば、ロシア人の俳優の方々と私では台本の解釈の仕方が違っていることも多かったので、シーンごとにお互いがどう思っているのかを話し合い、共有してから演じるようにしていました。

──具体的にどのようなところで解釈の違いがあったのですか?

阿部:例えば、ソローキンさんはゆいさんを愛するときに、自分の気持ちを言葉にして伝えるのですが、ゆいさんは言葉にはしません。なぜかというと、ゆいさんは男性とかかわること自体に慣れていませんし、言葉による意思疎通がうまくできないのです。それがソローキンさんには理解できなかったようです。

──昔の日本人女性として自然なふるまいのように見えましたが、それがロシア人の俳優さんからすると「なんで好きって言わないの?」と不思議に思うわけですか?

阿部:はい(笑)。そういうことがたくさんありました。日本のよいところのひとつに「暗黙の了解」というのがありますが、いろいろな国の方がいる現場ではお互いに思っていることを言葉にして落とし込んで話し合うことが近づく一歩になるんです。今回は、いつもランチのときはみんなで一緒に食べて、作品のことを話し合いながら過ごしました。その時間がすごく大切だったように思います。

『ソローキンの見た桜』
(C)2019「ソローキンの見た桜」製作委員会

──ランチタイムの会話は、英語ですか?

阿部:はい、英語です。

──阿部さんは英語のセリフも見事にこなしていましたね。

阿部:まずはひとりで必死に練習して、それからロシア人の俳優のみなさんとリハーサルを重ねました。

──ソローキン役のロデオン・ガリュチェンコさんと共演して、演技で参考になったことなどはありましたか?

阿部:ロシアの俳優の方々は舞台で演技の基礎をしっかり身に付けている方が多いと聞いていましたが、実際に共演させていただいて、声の出し方や相手の演技に対してフレキシブルな演技で返すところなど、とても勉強になりました。

──阿部さんにとって、特に思い出深いシーンはどこですか?

阿部:一番楽しかったのは、(ロシア兵捕虜と日本人看護師たちの)ダンスシーンです。今回、出演者たちはお互い英語を話していましたが、母国語はロシア語と日本語でそれぞれ違うので、意思疎通において言語は大きなひとつの壁でした。ダンスシーンは言語の壁を飛び越えて演じることができたので、すごく楽しかったです。

──今回の作品はご自身にとってどういう位置づけになりましたか?

阿部:主演をはらせていただくうえで、キャストのみなさんがたくさんのアドバイスをくださって、現場も和やかな雰囲気をつくってくださいました。外国の方々との撮影も大きな自信になりました。忘れられない作品です。

留学前は、英語は全然できませんでした(笑)
──ロシアでのロケでは上司役の斎藤工さんも一緒だったそうですが、ロケの思い出を教えてください。

阿部:ロシアに行くのは初めてでした。サンクトペテルブルクのきれいな街並みでの撮影はとても気持ちよかったです。斎藤工さんは俳優さんであり映画監督でもあるので、個人の表現などについて貴重なお話をたくさん伺いました。なかでも印象深かったのが、SNSについてです。最近はインスタなどもあって個人の表現が自由にできる時代だからこそ、自分が「いいな」と思うことを投稿したら、もしかしたら世界の反対側にいる人もそれを「いいな」と思ってくれて、つながるきっかけになるかもしれない。だからSNSをうまく使って自分の表現をしていくべきだとおっしゃっていて、私もうまく使えるようになりたいな、と思いました。

──阿部さんはニューヨーク大学の演劇科に留学されていたそうですね。自分が目指すものに向かって、演技も英語もしっかり学んでいこうとする姿勢がすばらしいと思うのですが、留学しようとした理由を教えていただけますか。また、留学前から英語は得意だったんですか?

阿部純子

阿部:留学前は、英語は全然できませんでした(笑)。もともと映画が好きで、映画を見ていくうちにお芝居の世界にはまっていき、英語を学べばもっと他の国の監督さんや作品とつながることができるんじゃないかな、と思って勉強し始めたのです。映画がすべてを動かしてくれているように思います。

──その結果、今回の作品に主演されたのですから本当に立派です。最後に、女優業のどんなところにやりがいを感じているのか教えてください。

阿部:ありがとうございます。何年も前に撮った作品を見て「感動しました」と仰ってくださる方もいるのですが、時間が経っても感動をよびおこすような力が映画にはあると思います。映画は残るものなので、これからも丁寧に作り上げていきたいです。

(text:中山恵子/photo:ナカムラヨシノーブ)

阿部純子
阿部純子
あべ・じゅんこ

1993年5月7日生まれ。大阪府出身。2010年に『リアル鬼ごっこ2』でヒロインに抜擢され、映画デビュー。主演を務めた河瀨直美監督作『2つ目の窓』(14)は、第67回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、同作品で第4回サハリン国際映画祭主演女優賞を受賞する。その後、ニューヨーク大学の演劇科で学ぶために渡米。帰国後、NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』などに出演。主な出演作は、『孤狼の血』(18年)、『サムライマラソン』(19年)、『ソローキンの見た桜』(19年)、今後公開を控える『461個のおべんとう』『燃えよ剣』など。