『犬ケ島』ウェス・アンダーソン監督インタビュー

唯一無二の世界観で人気の天才監督が日本を舞台に映画を作った理由

#ウェス・アンダーソン

黒澤明と宮崎駿の作品に影響を受けた

『グランド・ブダペスト・ホテル』で類い希なる才能を世界中に知らしめたウェス・アンダーソン監督。日本を愛し、黒澤明監督を敬愛する彼が、近未来の日本を舞台に作ったストップモーション・アニメーション『犬ケ島』が、5月25日から公開される。

病気感染を防ぐため全ての犬が犬ケ島へと追放されたなか、心の親友だった犬を探すため島に降り立った少年と犬たちとの壮大な冒険が描かれる。声優陣を、RADWIMPSの野田洋次郎や渡辺謙、野村訓市、夏木マリ、オノ・ヨーコにフランシス・マクドーマンド、スカーレット・ヨハンソンらそうそうたる才人たちがつとめているのも話題のひとつ。本作について、アンダーソン監督に聞いた。

──『犬ヶ島』のアイデアはどこから誕生したのでしょうか?

ベルリン国際映画祭にて/主人公の少年・アタリの声を務めたコーユー・ランキン(左)とウェス・アンダーソン監督(左)

監督:2つのアイデアから始まりました。数年間にわたって、2本目のストップモーション・アニメーションを作りたいと思っていました。前に『ファンタスティック Mr.FOX』という作品を作りましたが、今度は犬をテーマに、ゴミ捨て場に住むチーフ、デューク、ボス、キングという名前のボス犬の群れが思い浮かびました。なぜこれが良いと思ったのかはよく分かりませんが、そう感じたのです。このアイデアを、他の作品でも一緒に仕事をしたことがある私の親友のジェイソン・シュワルツマンとローマン・コッポラに伝えると、一緒にストーリーを書こうという話になりました。「日本の何かをやりたいね」と以前から彼らと話していたので、2つのアイデアをぶつけてみました。それで、日本に行くことなく、日本を舞台とした映画を作ってしまいました。実際の撮影はイースト・ロンドンのブロムリー・バイ・ボウという場所で行いました。

──非常に綿密に細部までこだわりが見られる、精巧な作品だと思いますが、どんな風に制作していったのですか?

監督:まず、ストップモーション・アニメーションは古風な手法です。さまざまな真っ当な理由から、今ではあまり使われない手法です。アメリカ・オレゴン州にあるライカという会社はストップモーション・アニメーション映画を制作しています。日本の映画史ではストップモーション・アニメーションの存在が薄いですが、非常に美しい詩的な作品がいくつかあります。実際ミニチュアや小道具作り、セット作りやパペット製作などの各分野で腕を磨いた本当にスキルの高い人々のグループを得たら、まるで最高峰の演奏家500人で構成されたオーケストラを突然指揮するような感覚になりました。そして与えられた時間はたった2年ないし2年半しかありませんでした。これは贅沢な環境とも言えますが、例えばそんなスタッフに浮世絵の巨匠、広重の作品を見せると、後に突然写真が送られてくるんです。そこでの私の反応は「やったね、彼らは本当にやってしまった。作品の終わりで絶対にこれは入れたい」という感じで進んでいきました。

『犬ヶ島』
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

──黒澤明監督の映画に影響を受けたと聞きました。

監督:たくさんある黒澤映画の中で我々が一番話したのは、『天国と地獄』『野良犬』『悪い奴ほどよく眠る』です。『醜聞』『醉いどれ天使』も興味深かったですし、本作では『醉いどれ天使』の曲を使っています。とても美しい曲で、ヴィスコンティが監督したマルチェロ・マストロヤンニ出演の映画(『白夜』)にある、ベネチアのゴミに汚染された運河のセットを想起させます。『醉いどれ天使』は犯罪映画を詩的にした感じと言えるかもしれませんが、確か『犬ヶ島』製作ノートの最初の方にも“詩的に”と書いてあったと思います。“詩的に”とはいったいどういう意味なのかとも思いますが、少し現実離れしていたり、ロマンチック、ミステリアスな感じということでしょうか。そして、我々の中では宮駿監督の話もよくしていて、本作では黒澤監督と並ぶ最大のインスピレーションとなりました。

──宮駿監督のお名前が出ましたが、日本のアニメーションもお好きですか?

監督:日本のアニメーションに強く興味を持ったのは、私の前作のアニメ作品『ファンタスティック Mr.FOX』の前です。と言っても、極度のアニメ好きということではなく、この前作のインスピレーションもロアルド・ダールから最も強く受けていて、日本のアニメ映画はその次です。宮崎監督からも強い影響を受けました。『千と千尋の神隠し』で声優を務めた夏木マリさんが本作にも出ているくらいですからね。本作でも素晴らしい声を披露してくださいました。ディテールと沈黙という点で、宮崎監督では自然があり、静寂があり、アメリカのアニメーション伝統には見られないリズムです。その点でとてもインスピレーションを受けました。本作ではアレクサンドル・デスプラが音楽を、そしてワタナベカオル(渡辺薫)さんが和太鼓を担当しているのですが、幾度となく、彼らの音を止めて、静けさが欲しくなってしまうシーンがありました。これは宮崎監督の影響だと思います。

──日本が大好きとのことですが、黒澤明監督と宮駿監督以外で影響を受けたのは?
ウェス・アンダーソン監督

監督:浮世絵の巨匠、広重と北斎にも影響を受けました。本作の製作においては、パリの北斎展に行ったり、ニューヨークのメトロポリタン美術館では日本画の主任キュレーターが北斎と広重のアーカイブを見せてくれました。彼らの作品は我々が常に参照する画となり、本作に大きな影響を与えました。仕事場の壁にみんな画を飾っていたので、もはや自然と入り込んでくるようになったというか、どのくらい影響があったかは途中からわからなくなったくらいです。
 それから、ハチ公を参考にした像も出てきます。我々のは檻に入っていますがね。場所についても、たくさんの実際に存在する場所から影響を受けています。軍艦島は、私は行ったことはありませんが、Google Earthで実際に歩くことができるんです。日本にある数多くの土地や建物の写真からインスピレーションを受け参考にしました。
 津波については、日本という島はいろいろなことが起きるドラマチックな場所です。場所によっては街の高度(海抜)がいろいろだったり、海岸も……僕の出身地テキサスとはかなり違います。メキシコ湾で津波は耳にしませんし。我々はこの作品は日本についての作品にしたかったので、作品内でもこれらが自然に描けていたらいいなと思います。本作は様々な要素をひとまとめに混ぜ合わせて完全にファンタジーとなっていますが、実際の日本文化、特に日本映画に惹かれたファンタジーとして、日本人の皆さんが日本らしさを感じてもらえる作品になっていたらと願っています。

──本作の声優には、あなたの作品で常連となっているメンバーを起用し、さらに新しい俳優を数名加えられました。これらはどのような経験でしたか?

監督:まず楽しかったことは、今作では犬たちが同時に話している場面が多くあったのです。で、一つの部屋に俳優たちが一同に介したというのは素晴らしかったですね。ブライアン・クランストン、ビル・マーレイ、エドワード・ノートン、ボブ・バラバンが一緒にそれぞれの声を一緒に収録しました。(このメンバーが揃うと)いつも楽しい時間になります。この映画で俳優たちと一緒に仕事しながら特に私が楽しんだことは、リハーサルをも利用してしまうことです。どんなコンテクストであれ、彼らがしゃべったことを録音してしまえば、使えるわけです。撮影用のセットは不要ですし、誰かが録音ボタンさえ押せば、技術的に準備が必要なこともありません。文の半分だけを使ったり、内容あるいは誰が言ったかも関係なく、編集してアニメーションを付けて、利用することができます。

ウェス・アンダーソン
ウェス・アンダーソン
Wes Anderson

1969年5月1日生まれ、アメリカのテキサス州出身。『アンソニーのハッピー・モーテル』(96年・未)で長編映画監督デビュー。続く『天才マックスの世界』(98年・未)でインディペンデント・スピリット賞監督賞を受賞し、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(01年)でアカデミー賞脚本賞にノミネートされる。『ライフ・アクアティック』(04年)、『ダージリン急行』(07年)を経て、初のストップモーション・アニメ『ファンタスティック Mr. FOX』(09年)がアカデミー賞長編アニメ賞にノミネート。さらに、『ムーンライズ・キングダム』(12年)で、アカデミー賞脚本賞、ゴールデン・グローブ賞作品賞にノミネートされる。そして『グランド・ブダペスト・ホテル』(14)が各国で大ヒットを記録、アカデミー賞9部門にノミネートされ、ゴールデン・グローブ賞作品賞に輝く。