『否定と肯定』デボラ・E・リップシュタット インタビュー

フェイクニュースの時代にこそ必見! 歴史学者が語る真実を追い求める意味

#デボラ・E・リップシュタット

レイチェル・ワイズの両親が難民だったと知り驚いた

ユダヤ人の大量虐殺などなかったと主張する「ホロコースト否定論者」と歴史学者との法廷闘争を描いた『否定と肯定』が、12月8日より公開された。

舞台となるのはイギリスの王立裁判所。アメリカ・アトランタのエモリー大学で教鞭を執る主人公、デボラ・E・リップシュタットは、アメリカとの違いに戸惑いながら、弁護団の戦術の深さと巧みさに気づき、この裁判には何としても勝たねばならないという使命感が湧いてくる。

ムビコレでは、オスカー女優レイチェル・ワイズが演じた主人公のモデルとなったユダヤ人歴史学者リップシュタットに、映画の見所などを語ってもらった。

──あなたの役をレイチェル・ワイズが自分を演じると知った時、どう思いましたか?

撮影中の様子。右端がレイチェル・ワイズ、その隣がデボラ・E・リップシュタット

リップシュタット:とても驚いたわ。レイチェルはすばらしい女優だもの。彼女の過去の出演作も見ていたし、私の物語を信頼できる人に託せたという思いがあって、うれしかった。また、彼女の両親が難民だったということも知り驚きました。父親はブダペスト、母親はウィーンで生まれて、母親は幼い頃にウィーンを出た。アンシュルス(ドイツによるオーストリア合邦)のあとかは分からないけど、ウィーンからイギリスへ行ったの。彼女の両親の人生はこうして変わってしまった。

──彼女の印象を教えてください。

リップシュタット:レイチェルは演技においてプロ中のプロよ。何の役を演じるにも一生懸命。そして才能を存分に発揮する。でも、この作品については、彼女のルーツも関係したから、さらにパワフルな演技だったと思う。共感ができた分、重要な役だったのでしょう。アウシュビッツで撮影した時に、レイチェルに『これは演技ではないわ』と言われたわ。アウシュビッツやダッハウなどの強制収容所があった場所へ訪れる時は困惑してしまう。目の前の光景が信じられず涙が出てしまう、そういう場所なのです。
 1933年にヒトラーはドイツの首相に就任、国会議事堂放火事件も起きた。ヒトラーが どうやって権力を得ていくかも知っている。歴史は分かっているのだけれど、これが実際に起きたことだと信じられないの。

レイチェル・ワイズとデボラ・E・リップシュタット

──役作りのために何度も彼女と会ったそうですね。

リップシュタット:彼女とはまず電話で話をしてから、その後私がNYへ行ったわ。レイチェルが私から話を聞き出すような形で、数日間 彼女の家で色々なことを話し合った。もちろん彼女自身の話もしてくれた。その後も電話をしたり、撮影現場を訪れた時も、その状況での心情を聞かれたりした。レイチェルは、役を心底理解し、私に成り切ろうとできる限りの情報を聞き出そうとした。そうして、真似ではなく、役を自分のものにしたの。

──実際の裁判について教えてください。

リップシュタット:何人かの学者からは、時間のムダだと言われたわ。イギリスのユダヤ人のコミュニティーの指導者の中には、絶対にアーヴィングが勝つと思っていた人もいた。それでも戦わなければ、私は確実に負けたことになる。そうしたら世界有数のホロコースト否定論者を“否定論者”と呼ぶことが法に触れる行為になっていたでしょう。あらゆるホロコースト否定論者を法律で認めるという恐ろしいことになっていた。最終的には、私に戦うべきではないといっていた人々は皆味方になってくれたわ。
 この裁判には、多くの人を傷つける嘘を暴くこと、をはるかに超える重要性がありました。相対主義の時代に、子供たちはこう思いながら成長するの。「ネットに出ていたから本当に違いない」と。でも、すべてが真実であるとは限らない。あらゆる問題が2つの面に分けられるわけではないの。私が教える学生たちの中には、誰もが自分の意見を持つ権利があると信じていることがよくある。だけど事実は事実。歴史家はホロコーストがどのように行われたかについて議論することができる。ただし事実は、ホロコーストは実際に起こったのよ。

デボラ・E・リップシュタット
デボラ・E・リップシュタット
Deborah Esther Lipstadt

アトランタのエモリー大学教授。現代ユダヤとホロコーストについて教鞭を執る。著書に、本作の原作である「否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い」がある。