『思い出のマーニー』米林宏昌監督インタビュー

ジブリを巣立った米林宏昌監督が語る“思い”とは?

#米林宏昌

マーニーは男性にとっての憧れ

イギリス児童文学の古典的名作をスタジオジブリがアニメーション映画化、昨夏公開された『思い出のマーニー』。同スタジオの代名詞的存在だった巨匠・宮崎駿監督の長編映画制作引退後に作られた作品としても注目を集めた作品で、3月18日よりDVDとブルーレイディスクがリリースされる。

主人公は、幼い頃に両親を亡くし、養父母の元で暮らしている12歳の少女・杏奈。様々な葛藤を抱え苦しむ彼女が、古く謎めいた屋敷でマーニーという名の少女と出会い、成長していく一夏が、みずみずしく繊細なタッチで描かれていく。

監督は、『借りぐらしのアリエッティ』の米林宏昌。昨年末にスタジオジブリを退社したものの、今後のアニメーション界をしょって立つ逸材のひとりでもある彼に、映画について、そしてアニメーションへの思いについて語ってもらった。

『思い出のマーニー』
3月18日よりブルーレイ&DVDリリース
(C) 2014 GNDHDDTK

──思春期の少女の葛藤がとてもよく描かれていました。監督は男性なのに、なぜこんなに女の子の心が分かるのかと驚きました。

監督:よくそう言われます(笑)。結局は、自分の中の“少女”を出していくしかなかったのですが、杏奈の持つ葛藤──自己嫌悪と自己愛のせめぎ合いは、男の子でも女の子でも、ある時期には誰もが持つ感情なのではないかと思いながら作りました。

──杏奈がボーイッシュな一方、マーニーは母性すら感じさせる女性的な風貌です。そこにはどんな意味が込められているのでしょうか?
『思い出のマーニー』より/杏奈(左)とマーニー(右)
(C) 2014 GNDHDDTK

監督:マーニーには、何かしら無償の愛が見えるといいなと思いながらデザインしました。同時に杏奈にとって憧れの存在に見えればいいな、と。
実は、この作品のメインスタッフは全員、男なんです(笑)。『アリエッティ』の時は半分くらい女性だったんですが。男が描いたからこそ、マーニーがより女性的になったのかもしれません。クラスの女子の中にはマーニーみたいな子はなかなかいないと思いますし、マーニーは実在するような少女ではないんですよね。やっぱり、心の中から出てきた存在というか……。

──男性にとっての憧れを具現化したということですか?

監督:何を持って憧れとするかですが、そういう部分もあると思います。

ジブリアニメのようでいてジブリアニメではないものができた
──男性である監督から見て、母と子も含め、女性同士の関係、絆をどう感じますか?

『思い出のマーニー』より/彩香(左)と杏奈(右)
(C) 2014 GNDHDDTK

監督:男とは違うと思いますね。女の子の問題は女性同士じゃないと解決できないだろうな、とも感じます。
 この映画でも、杏奈の回りにいるのは女性ばかりで、男性はほとんど出てこない。義理の親も、母親ばかり出てきて、養父に至ってはまったく出てこない! 杏奈の問題を解決していくのは皆、女性なんです。実は、物語が展開するきっかけをもたらす彩香というキャラクターを男の子にしてはどうかという意見もありましたが、杏奈の世界に男の子はどうやっても入れ込めなかった。男性が入ってくる余地が、感覚的になかったんです。

──スタジオジブリの代名詞的存在だった宮崎監督の長編映画制作引退後に作られた作品で、高畑勲監督や宮崎駿監督の名前がクレジットされていない長編作品としても注目を集めましたが、プレッシャーは?

監督:感じませんでしたね。『アリエッティ』の時のほうが重圧を感じました。今回は2作目ということもあり、お客さんの反応を意識しながら作りました。『アリエッティ』の時は、どうやったら最後まで作り上げられるかが一番大事だと思っていたし、常に宮崎監督だったらどうだろうということを意識していました。まあ、タイトルが『借りぐらし』だったので、それでOKかな、と(笑)。そして、最後に借りぐらしの館から出て行き、借りていた洗濯ばさみも返して爽やかな笑顔で出て行く。野に出て行くというのはそういうことだと思っていました。でも、そういうものを作ってしまった以上、もう“借りぐらし”に戻ることはできないだろうとも感じていました。だとしたら違う表現を模索しないといけない、というところからスタートしたのですが、やはりジブリ作品なので否が応でも宮崎テイストというかジブリテイストが出てしまう。種田陽平さん(美術監督)や安藤雅司さん(作画監督)など外から来てくれたスタッフの力も借りながら、様々な要素がうまい具合に混じり合い、ジブリのようでいてジブリではないものができたと思います。

──スタッフが素晴らしいと責任も増しますよね。どうやって重圧を乗り越えたりしたのでしょうか?

監督:確固たるものを持っていれば大丈夫です。僕にとって一番重要なのは作品の設計図とも言うべき絵コンテなのですが、何を言われても大丈夫なものを作っておけばいいんです。そうすれば、力のある人たちが、絵コンテを面白くするために力を合わせてくれ、世界観が出来上がっていく。だから、しっかりとした絵コンテを作っておけば大丈夫なんです。

アニメ作りしか能がないので(笑)

──監督は20代のときにスタジオジブリに入社し、アニメーターとしてキャリアを積み重ねてきたわけですが、ジブリに入った時に、監督になっているご自分を想像しましたか?

監督:想像もしませんでした。僕は子どもの頃からジブリ作品を見て育ってきましたから、そのジブリに入って作品を作っていることさえ不思議に思えました。そこで自分が監督をするとは……。もしプレッシャーがあるとしたら、あのトトロマークかもしれませんね(笑)。あそこに連なって恥ずかしくない作品を作らなければならないというプレッシャーはあります。

──では、宮崎駿監督、高畑勲監督、あるいは鈴木敏夫プロデューサーの存在はプレッシャーではなかった?

監督:宮崎さん、高畑さんは意識しませんね。『アリエッティ』の時は意識してしまったので、今回はお客さんに集中しようと思っていました。鈴木さんには、その都度対応して(笑)。今回について言えば、結果的に、かなりと言うか、全て自分の思っていた通りのものが描けました。ひとつも妥協していません。それはとても重要だと思います。くじけそうにはなりますよ。「これくらいでいいかな……」と思うことも(笑)。

──くじけそうな心をどうやって奮い立たせるのですか?

監督:恐怖心が奮い立たせてくれます。「(妥協して)台無しになってしまったらどうしよう」と。

インタビュー中の米林宏昌監督

──妥協しないための具体策は?

監督:くじけそうになった時に、「ここはどうしてもゆずれない」という部分と、「ここは流してもいいかな」という部分を作っておくなど、ちょっと先手を打っておいたり(笑)。でも、結局はくじけませんでした。ジブリのスタッフが優秀だったからだと思いますけど、ギリギリの部分でもくじけなかった。ものすごく過酷なスケジュールで、なおかつ難しい作品だったのですが。妥協してしまった後のことを考えると踏みとどまれる、その集積で作った作品だと思います。

──監督にとって、アニメーション映画の魅力とは?

監督:大変ですけど、アニメ作りしか能がないので(笑)。絵が動くということ自体が面白いですよね。絵が1枚だけならそれで終わりですが、何枚もの絵をパラパラ漫画のように連続して見ると、まるで生きているかのようです。そんなノートの端に描いたパラパラ漫画が僕の原点だと思います。それに、もしこの作品を実写でやったら、外国人の女の子が突然現れたりして不自然に見えると思うんです。そういう意味ではアニメーションでしかできないことがあると思うんです。

米林宏昌
米林宏昌
よねばやし・ひろまさ

1973年7月10日生まれ、石川県出身。96年にスタジオジブリに入社し、アニメーターとして活躍。『借りぐらしのアリエッティ』(10年)を初監督し、『思い出のマーニー』(14年)は監督2作目となる。14年にスタジオジブリを退社。

米林宏昌
思い出のマーニー
3月18日よりブルーレイ&DVDリリース
[監督]米林宏昌
[脚本]丹羽圭子、安藤雅司、米林宏昌
[原作]ジョーン・G・ロビンソン
[作画]安藤雅司
[美術]種田陽平
[音楽]村松崇継
[声の出演]高月彩良、有村架純、松嶋菜々子、寺島進、根岸季衣、森山良子、吉行和子、黒木瞳
[DATA]2014年/日本/東宝

(C) 2014 GNDHDDTK