『ストレイ 犬が見た世界』エリザベス・ロー監督 インタビュー

犬が大好き! 犬や猫の殺処分ゼロのトルコで展開する、犬と人間の優しい風景

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エリザベス・ロー

犬の目に映る世界とは? 動物愛護の国から届いた野良犬たちの自由な姿

ほぼ全編が犬目線で撮影されたドキュメンタリー『ストレイ 犬が見た世界』が、3月18日より公開される。動物と人間の関係性を新たな視点でとらえた本作は、北米を代表するドキュメンタリー映画祭のひとつ、Hot Docsカナダ国際ドキュメンタリー映画祭で最優秀国際ドキュメンタリー賞を受賞した。

舞台となるトルコは、世界でも珍しいくらいに犬との歴史や関係が深い国だ。20世紀初頭にあった大規模な野犬駆除という悲しい歴史への反省から、安楽死や野良犬の捕獲が違法とされている国のひとつであり、動物愛護に関する国民の意識も非常に高い。2017年に、そんなトルコを旅した自身も愛犬家のエリザベス・ロー監督は、本作の主人公となる
犬ゼイティンと偶然に出会い、彼女の「強い意志を持つ雰囲気に惹かれ、追いかけた」と言う。この街では犬たちが自由に街を歩き、人間との共存社会を築いている。そんな彼らに密着したエリザベス監督が、本作についてインタビューに応じた。

二階堂ふみナレーション!『ストレイ 犬が見た世界』予告編

──なぜ犬についてのドキュメンタリー映画を撮ろうと思ったのですか?

監督:この映画を作ろうと思ったきっかけは、とても個人的なものでした。子どもの頃に飼っていた犬が死んだとき、その悲しみを抑えたいという気持ちが私の中に静かに芽生えたのです。愛するものの死に対する私の心の反応は極めて個人的なものですが、彼、または「それ」を「無価値である」とするような社会の風潮があることに気づき、私はとてもショックを受けました。そして悲しみが深まるにと共に、「誰が、どれだけ大事なのか」という道徳的概念は、常に変化しているものだということにも気づきました。この変化の瞬間が、『ストレイ 犬が見た世界』の制作で価値や、ヒエラルキー、感覚を探求していく原動力となったのです。

ストレイ 犬が見た世界

愛くるしい表情の子犬・カルタル

──主人公の犬ゼイティンとはどのように出会ったのですか?

監督:リサーチをしていた時にトルコの動物愛護についての政策を知り、2017年にトルコを旅しました。主人公の犬、ゼイティンに初めて会ったのは、イスタンブールの賑やかな地下トンネルで、彼女が私の前を急いで通り過ぎて行った時でした。彼女の何か目的を持っているような感覚に惹かれ、私はゼイティンを追いかけました。すると彼女はすぐに別の野良犬ナザールと合流しました。そして、トルコで難民として路上生活をしているシリア出身の3人の少年たちや建設現場、街中のいたるところに私たちを導いてくれました。私たちはすぐ、ゼイティンに焦点を当てることにしました。彼女は私たちが追いかけた犬の中では珍しく、不用意に私たちを追いかけ返すことがなかったからです。撮影の最後の日まで、彼女は完全に自立していました。

──常に犬の目線の高さのローアングルでの撮影はどうでしたか?

:従来のものの見方や在り方に挑戦するには、うってつけの方法でした。撮影中は長い間屈んでいましたが、特に疲れるということはなかったです。寒い時期の早朝に、毎日毎日、重たい機材を背負って犬たちを追いかけるのは、大変な作業でしたが、山や街中で犬たちと一緒に過ごせたのは本当に素敵で、とても価値がある撮影だったと思っています。

──警戒されずに、どのように自然に野良犬たちの中に入っていったのですか?

監督:トルコに行く前には、野良犬たちに嚙まれたり攻撃されたらどうするんだと、多くの人に心配されました。しかし、実際にトルコに行って野良犬たちに会うと、彼らは本当に社交的でした。アプローチすると、彼らは私たちと同じくらいのエネルギーで迎えてくれるので、すぐに仲良くなれました。トルコの社会が彼らの様子に反映されていたと思います。人間のことを恐れない、そして親密になれるということは、長い間怖い思いをしてこなかったということです。ひどい扱いを受けていたなら当然に人間を怖がるでしょう。

──社会から排除された野良犬という存在から、シリア難民の少年たちという現在の「人間社会」が浮かび上がってきます。監督ご自身はどのような思いを抱きましたか?
ストレイ 犬が見た世界

監督:私たちは、犬と少年たちが建設現場や静かな歩道に身を寄せている様子を何ヵ月も追いかけました。過酷な状況にもかかわらず、彼らはいっときの家族を形成していました。彼らの相互依存の絆から発せられる暖かさと愛に、私は深く感動しました。犬という仲間がいなければ、シリアの少年たちは、自分たちの国ではない街で、まるで漂流しているようかに感じたことでしょう。それはきっとゼイティンやナザールにとっても同じだったのだと思います。目立たない野良犬であるゼイティンの導きによって、私は人間社会のひび割れを目にすることになりました。戦争やネグレクトといった試練の中で形成された人々のコミュニティと、たとえ社会の片隅に追放されても生き延びようとし続ける人たちの姿です。

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犬の聴覚も体感できる、世界初の聴覚言語とは?

──世界で初めて犬の聴覚を映画的に表現し、犬たちの音の聞こえ方を体感するためのサウンドデザイン設計を行ったそうですが、その意図を教えてください。

監督:まず、『リヴァイアサン』のサウンドデザインを手がけたアーンスト・カレルと組めることに、すごくワクワクしました。彼は人間以外が発する音にプライオリティを置いたサウンドデザインを行ってきた人物です。『ストレイ 犬が見た世界』では、犬は人間よりも高い周波数の音を聞くことができると言われているため、周波数をいじって、犬がどんなものを聞いているのかを再現しようとしました。実際に犬たちが聞いている音とまったく同じではないかもしれないけど、私たちが普段感じているものとは違う犬たちの音の世界を想像しながら、それを映画的に再現できるのではないかと考えました。そして、サウンドデザインを通して、私たち作り手から観客に対して、犬たちがどんな風に世界を見ているのかを伝えようとしました。これはつまり、世界を私たちが通常見ているのとは違う見方で見てみよう、という試みの一つなのです。私は犬がどのような体験をしているのかを観客の皆さんに感じて欲しかったのです。人間の聴覚レベルに合わせてしまうと、それがブレてしまうので、そうならないように慎重に調整しました。

──犬と人間の関係を描いたことで、鑑賞した人々からどのような反応を得ましたか?

監督:『ストレイ 犬が見た世界』が、世界中の方々に響いていることをすごく嬉しく思っています。ですが、正直少し驚きました。観客の感受性の強さを実感しています。映像に響くものを感じたり、自分の世界の見方とは全く違う場所に皆さんが自ら入り込んでくれたり、このような体験をしてもらえるということは、人間の想像力は本当に果てしないんだなと思います。言ってしまえばこの映画は、人間として経験することの外にある体験や世界の見方を探究する映画なので。台詞やナレーションがあるわけではないので、観客にゼイティンとの間に絆を感じてもらえるのか、感情移入してもらえるのかを心配していましたが、実際には観客は彼女の感情などを読み解いて見てくれて、それは全く心配する必要はなかったです。

エリザベス・ロー
エリザベス・ロー
Elizabeth Lo

香港で生まれ育つ。渡米後にニューヨーク大学ティッシュ・スクール・オブ・アーツで美術学士号を取得。卒業後はスタンフォード大学で美術学修士号を取得。2015年にFilmmaker Magazine「インディペ ンデント映画界の新人25選」の一人に選出される。18年、ニューヨーク映画祭アーティストアカデミーに選ばれ、2019年にはロカルノ映画祭のフィルムメーカーズアカデミーに選出、数多くの優れた短編映画を監督。『ストレイ 犬が見た世界』で長編映画デビュー。