『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』リー・ダニエルズ監督インタビュー

根深く残る人種差別…『大統領の執事の涙』監督が感じる“今直面している危機”の正体とは

#ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ#リー・ダニエルズ

『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』

政府に立ち向かったこの女性をヒーローだと思いました

不世出の天才シンガー、ビリー・ホリデイとアメリカ合衆国の対決…その知られざる全貌を明かすサスペンス・エンターテイメント『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』が2月11日に公開される。

1959年に44歳の若さで亡くなった天才ジャズ・シンガー、ビリー・ホリデイは、ドラッグ、アルコール、悪い男たちによって自滅したのだと、多くの人が信じている。だが、「ニューヨーク・タイムズ」年間ベストセラーを記録し、エルトン・ジョンが絶賛したイギリス人作家ヨハン・ハリによる「麻薬と人間 100年の物語」が真実を暴き出した。ビリーに関する章で、黒人へのリンチに抗議した「奇妙な果実」を歌うのをやめろという連邦政府の命令に公然と反抗したことが彼女の死につながったというのだ。実はビリーが、公民権運動の初期に命を吹き込んだ旗手の一人であったという知られざる事実も、克明に記されている。

いち早くこの書を手に取り感銘を受けたのが、アカデミー賞6部門にノミネートされた『プレシャス』(10年)や世界各国でヒットした『大統領の執事の涙』(14年)などで社会派の深淵なテーマをエンターテイメントに昇華する手腕が称えられたリー・ダニエルズ監督だ。2020年に起こった警官による黒人男性ジョージ・フロイド氏殺害事件など、今もなお世界を揺るがす事件が起き続ける中、本作で熱い問題を投げかけたダニエルズ監督にインタビューを行った。

ビリー・ホリデイの「闇」に迫るドキュメンタリーがいま公開される必然性

──ビリー・ホリデイを題材にした映画を作ろうと思ったのはいつ頃からですか?

監督:ダイアナ・ロスとビリー・ディー・ウィリアムズが共演した映画『レディ・シングス・ザ・ブルース』(72年)を何年も前、10代の頃から知っていて、あれがビリー・ホリデイの本当の物語だとずっと思っていました。しかし、実際はそうではなかったのです。スーザン=ロリ・パークスからこの脚本を受け取ったとき、私はただただ驚かされました。私は黒人の歴史を知っているつもりでしたが、実はビリー・ホリデイについてのことは知りませんでした。そして、彼女が「奇妙な果実」を歌ったためにアメリカ政府がいかに彼女をターゲットにしたかというストーリーを知らなかった。知らない自分にイラついたほどでした。「奇妙な果実」の歌詞を聴いて、誰もそんなことをすることができなかった時代に、政府に立ち向かったこの女性を想った時に彼女はヒーローだと思いました。キング牧師やマルコムXよりも前に、アメリカの公民権運動の先駆けだったんです。だから私はこの映画をつくろうと決めたのです。

『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』
2022年2月11日より公開。
(C) 2021 BILLIE HOLIDAY FILMS, LLC.
──なぜ彼女は体制側にとって脅威と見なされたのでしょうか?

監督:彼女は黒人をリンチする歌を歌っていたからです。その歌は、南部で黒人を殺していることを白人に理解させるものでしたから、政府はその歌を弾圧しようとしたのです。彼女は注目を集めました。当時、人々はiPhoneを持っていません。何が起こっているのかわからない。そんな人たちに、彼女は生々しい歌詞で、とても力強い歌詞で、「これが現実なんだ」と思い知らせた。彼らは彼女の声のパワーを知っていたのです。今、ビヨンセがそれをやったらどうなるか、みたいなね。そして、彼らは彼女をシャットダウンしたかったんです。

──ダニエルズ監督ご自身は、ビリー・ホリデイからどのような影響を受けて育ちましたか?

監督:私は彼女を聴いて育ったわけではありません。ダイアナ・ロスがビリー・ホリデイを演じて歌っていたのを聴いて育ちましたが、あれは黒人社会では本当に伝説的なことではありました。あの映画のインパクトは、アフリカ系アメリカ人に大きな影響を与えました。特に私にとって。それまで黒人のカップルがスクリーンでキスをするのを見たことがなかったのです。あんなに華やかな、黒人の人たちを見たことがなかったから、本当に衝撃を受けました。映画そのものが私に大きな影響を与えたので、私も外に出て、人々に同じように感じてもらいたいと思いました。私は映画学校には行きませんでした。大学にも行っていません。当時は、それが自分のやりたいこと、つまり映画監督になりたいことだとは思っていなかったのです。でも、私が初めてみたアカデミー賞でダイアナ・ロスが『キャバレー』のライザ・ミネリに負けたのを見て、「私の責務で黒人女性初のアカデミー賞受賞をさせたい」と思いました。そして、『チョコレート』を製作し、ハル・ベリーでそれを果たしたのです。

『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』

『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』場面写真

──ビリー・ホリデイ役にアンドラ・デイを起用した経緯を教えてください。彼女は本当にすごいですね。

監督:素晴らしいでしょう? でも実は、最初は彼女を起用したくなかったんです。実際に俳優の中でもすごいと思わせる人たちも何人かいたのですが、みんなに彼女に会うように言われて…。ついに彼女と一緒に食事をすることになったんだけど、彼女にはビリー・ホリデイをほんの少し思い出させる何かがあるのが分かりました。エネルギーがある。エッセンスが少し。それで、彼女に演技コーチとボーカルコーチをつけました。演技コーチは彼女がオーディションのために役になりきる準備をしているところを録画していたのですが、私が見たのは信じられないほどの変身ぶりでした……。それは間違いなかった。彼女を採用せざるを得ませんでした。

『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』

──『チョコレート』の製作から20年経ちましたが、アメリカの黒人の映画製作者はどう変わったのでしょうか? また、今あの映画を見たとき、どのような印象を受けますか?

監督:もう白人が黒人についての脚本を書いたり、白人が黒人についてのものを監督したりすることはなくなっていると思うんです。だから、物語が語られるレンズがより本物になっているのです。特にこの映画はハリウッドのどのスタジオも資金を出したがらなかった。だから、ある黒人が私のビジョンを信じて出資してくれたことは、とても嬉しかった…。そう、ハリウッドは変わったのです。ハリウッドは、私たち黒人のストーリーテラーに、私たちの物語を語り、私たちの物語を監督することを許可してくれるようになったのです。でも、美しい物語を作るにはお金がかかるということを、スタジオが理解するのは難しい。スタジオは、「よし、これが黒人の脚本家だ、これが黒人の監督だ、これが10ドル、映画をつくれ」と言うでしょう。でもそんなはずはない。だから、この映画の製作と出資をしてくれたジョーダン・ファッジのような黒人プロデューサーと関わることができたのは、私にとって素晴らしいことでした。

──この新作は、ダニエルズ監督の作品全体において、アフリカ系アメリカ人のアイデンティティをめぐる大きな物語の一章だと捉えて良いでしょうか?

監督:それは興味深いですね。そのようなことは考えたこともありませんでしたが、そのようにおっしゃるのは興味深いです。なぜなら、この作品は私の人生の章であり、私たちが今いる場所や、私が住んでいる国の中で私が今いる場所について、その時々に感じていることなのです。『大統領の執事の涙』では、私は希望を感じていました。オバマが大統領になり、私は希望を感じていました。あの映画をご覧になった方は、最後に執事がレッドカーペットを歩いてオバマ大統領に会いに行くのですが、黒人初の大統領ということを考えるとゾクゾクしますよね。でも、今は希望に満ちた瞬間はありません。この題材に惹かれたのは、私たちが今、危機に直面しているからです。アメリカはかなり混乱していることは明らかで、もうそれを隠すことすらできません。最近の出来事が、まさにそれを証明していると思います。私たちは分断され、ひとつではない。そして、それは醜いことです。だから、『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』は私たちが今置かれている時代を物語っています。今こそ声を上げようと呼びかけているのです。

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リー・ダニエルズ
リー・ダニエルズ
Lee Daniels

1959年、アメリカ、ペンシルバニア州生まれ。2001年、リー・ダニエルズ・エンターテインメントを設立。ハル・ベリーが黒人女性として初めてアカデミー賞主演女優賞を受賞した、マーク・フォースター監督の『チョコレート』(02年)の製作を手掛ける。その後、製作と監督を務めた『プレシャス』(10年)でアカデミー賞作品賞と監督賞、英国アカデミー賞作品賞にノミネートされる。『大統領の執事の涙』(14年)は各国でヒットを記録、人種差別をテーマとした作品で高く評価される。長年にわたるLGBTQIAの支援者であり、また次世代のアメリカのストーリーテラーの教育、育成、賞賛を支援する非営利団体ゲットーフィルムスクールを始め、数多くの慈善団体の役員を務める。