『ジャネット』『ジャンヌ』ブリュノ・デュモン監督インタビュー

“受難のヒロイン”ジャンヌ・ダルクに、フランスの鬼才が挑む!

#インタビュー#ジャネット#ジャンヌ#ブリュノ・デュモン

『ジャネット』ブリュノ・デュモン監督

映画制作の新たな冒険として、ミュージカルを選んだ

ジョルジュ・メリエス、カール・テオドール・ドライヤー、オットー・プレミンジャー、ロベルト・ロッセリーニ、ロベール・ブレッソン、リュック・ベッソンなど、錚々たる映画監督にインスピレーションを与えた存在といえば、“フランスのヒロイン” ジャンヌ・ダルク。

『ジャネット』『ジャンヌ』(写真は『ジャネット』)
2021年12月11日より、2作同時公開
(C)3B Productions

そんななか、『ユマニテ』や『フランドル』といった一筋縄ではいかない作品を発表してきたフランスの鬼才ブリュノ・デュモンが、「カトリックの聖女」あるいは「魔女」とも呼ばれた少女の物語に新たに挑んだ。

今回は、カトリックの詩人で思想家であるシャルル・ペギーの劇作「ジャンヌ・ダルク」と「ジャンヌ・ダルクの愛の秘義」を原作に『ジャネット』と『ジャンヌ』の2本を制作。そこで、自身初となるミュージカルや演技経験のない 8 歳の少女を主演に迎えるなど、さまざまな挑戦をしたデュモン監督に話を聞いた。

演技未経験の8歳少女が祖国を救う愛国的聖女に大変身!

──ジャンヌ・ダルクは、これまで数多くの映画作家にインスピレーションを与えてきました。この歴史的題材を、取り上げようと思ったきっかけについて教えてください。

監督:ジャンヌ・ダルクは、フランスにおける神話の代表的な人物。なぜなら、イングランドとの「百年戦争」の真っただ中で、彼女ほどフランスを愛した女性は他になく、そしてフランスがそこまで愛されたこともないからです。自分の国の何たるかを言い表すのはとても難しいことですが、我々は心の奥底で完璧に感じていますし、自分の国が苦しめられたら自分も苦しむことを知っています。
現在、フランス人のアイデンティティの問題は深まっているところがありますが、ジャンヌ・ダルクは自身の存在を通して、この深淵な問いにあっけなく答えられる人。ジャンヌ・ダルクの生涯を語ることは、フランスとは何かを語り、それを聞かせることに他ならないのです。

ブリュノ・デュモン監督

ブリュノ・デュモン監督

──今回は、なぜ『ジャネット』でミュージカルに挑戦しようと思われたのでしょうか。

監督:映画制作の新たな冒険として、これまで経験のなかったミュージカルに挑んでみたかったからです。音楽というのは強烈で、圧倒的なもの。だからこそ、素直に音楽を軸に映画を作ったら面白いだろうと思いました。まずは、詩人シャルル・ペギーのジャンヌ・ダルクの物語を翻案することを思いつきましたが、現代において詩を表現するのはとても難しいですし、古臭く感じ取られてしまうこともあります。
そこで「そんなジレンマから逃れるにはどうしたらいいのか?」「ペギーの豊かさを誰もが親しめるよう現代にアップデートし、大味な物に慣れきった若者を満足させるにはどうすればいいのか?」と考えました。歴史上、音楽には詩がついているのが当たり前だと思っている人もいますが、音楽が詩に出番を与え、そしてペギーのテキストに活力と命を与えるのです。オペラの台本のようにペギーのテキストを扱うことで、『ジャネット』は産み出されました。

──ジャンヌ役(※ジャネットはジャンヌの幼い頃の呼び名で劇中ではジャネットと呼ばれる)は、どのように選びましたか?

監督:ロケ地周辺であるカレやブーローニュ=シュル=メールの辺りで、俳優を探しました。みんなプロの俳優ではありません。基準となったのは、年齢と歌とダンスの能力。あとは即興演技やスクリーンテストでペギーのテキストの数節を歌ってもらって選んでいます。幼いジャンヌを演じたリーズ・ルプラ・プリュドムはまったく経験がありませんでしたが、だからこそ私が求める子どもの無垢さを正確に捉えていると感じました。成長したジャンヌ役のジャンヌ・ヴォワザンはダンスを習っていましたし、歌も上手でしたね。

『ジャネット』

『ジャネット』

──『ジャネット』の音楽にデスメタルやバロック音楽などを取り込んだ楽曲で知られるIgorrrを起用した理由をお聞かせください。

監督:いかにもペギーの作品に合いそうな悲愴感のある音楽は使いたくありませんでしたし、いわゆる現代音楽は私にはピンときませんでした。それよりも、芸術的な音楽スタイルと、語られていることの間で呼応する音楽を探したいと思ったのです。なぜなら『ジャネット』では、神秘的なものに目覚める時期のジャンヌを描いているからです。
それには陶酔しトリップするような、反復する音楽性があるエレクトロニック・ミュージックがふさわしいのではないかなと。若い人たちも、そういった恍惚の状態に陥るものを好みますからね。Igorrrはスカルラッティからヘヴィーメタルに一瞬で切り替えられる実験的電子音楽のマルチプレイヤー。Igorrrのフィジカルで、反復性があり、少し過激で、少しメロディアスなところは、神秘への目覚めにもふさわしいので、正しい選択だと思いました。

──振付はアルベールビル冬季オリンピックの開・閉会式の振付でも知られるフィリップ・ドゥクフレです。彼との仕事はいかがでしたか?

監督:Igorrrと一緒に歌と音楽を仕上げた後、フィリップ・ドゥクフレと振付の完成に取り組みました。ドゥクフレは役者たちの潜在能力を見極め、それぞれの品格に合う動きを構築してくれたので、一通り検討し終えた頃には、歌と曲に合う振付けを山ほど見つけていましたね。幼いジャンヌ役の少女の踊りは探り探りでしたが、成長したジャンヌ役の女性にはダンスの経験があったので、少女が選ばれし者へとなっていく過程を描くための表現にも幅を出せたと思います。

──撮影はフランス北部で行われています。北東部のロレーヌ地方で生まれ育ったジャンヌの世界をどうして置き換えようと思ったのでしょうか。

監督:なぜなら、それは重要なことではなかったからです。映画の役割のなかでも大切なのは、目に見えるものであって、リアリティを見せることではありません。セット、俳優、台本といったことよりも重要なのはすべてをひとつにする方法なのです。

ブリュノ・デュモン監督

ブリュノ・デュモン監督

ジャンヌ・ダルクとは、映画監督にとって壮大なテーマ

──『ジャンヌ』は『ジャネット』の続編であり、この2つの作品はシャルル・ペギーの戯曲の翻案となります。なぜペギーを通してジャンヌ・ダルクという題材に取り組もうと考えたのか、理由をお聞かせください。

監督:『ジャネット』がミュージカルのような“歌”の映画であるのに対し、『ジャンヌ』は会話による心理的アクション映画。戦争をめぐる議論と裁判の緊張感にフォーカスしています。実は、シャルル・ペギーという作家に出会ったのは割と最近のことで、私は彼の筆致、特に歌のような音楽性に感銘を受けました。
初めてミュージカルを作ろうと思い立ち、それに合う理想的なテキストを考えていた時、自然とペギーが頭に浮かび、彼の戯曲「ジャンヌ・ダルク」を台本にすることを思いついたのです。前作『ジャネット』はジャンヌの子ども時代についての映画であり、原作は戯曲の第一幕「ドンレミ」ですが、続編となる『ジャンヌ』では「闘い」と「ルーアン」の2幕を翻案しました。
私はペギー作品にともなう文学的な複雑さに対する恐れはありませんでしたが、それは映画やミュージカルへの脚色がその複雑さに対処することを可能にし、かつてないバランスを確立することができたから。時にペギーの言葉はとても深くそして曖昧でしたが、動作や歌、音楽を映画として演出することによって、すべてがシンプルで親しみやすく、より軽くなったので、ペギーの力強さが損なわれることはありませんでした。

『ジャンヌ』

『ジャンヌ』

──『ジャンヌ』の音楽にクリストフ(2020年に逝去したフランスの国民的歌手)を迎え、映画の後半に出演もさせたのはなぜですか?

監督:この作品への理解をさらに促すために、明確なメロディーやリズム、ハーモニーの輪郭を加えたいと思ったからです。クリストフは私が求めるものをすぐに理解してくれたので、彼とのコラボレーションは素晴らしいものでした。ペギーを理解し、そこからインスピレーションを得ていたのは明らかでしたね。最終的にクリストフは4曲を作曲しましたが、その一つは彼が映画で歌った曲。音響構造は不思議なことにジャンヌの心に常によりそっています。これはジャンヌの歌でもありますが、驚異的なことです。
『ジャネット』のIgorrrに比べると、クリストフの音楽はよりメロディアスで、センシュアルな官能性がありますが、一方で穏やかさもある。成熟という言葉がふさわしいかもしれません。裁判の時、ジャンヌ・ダルクは聖なる女性としての成熟を備えていました。そんなジャンヌを表現するのに、能力のすべてをコントロールできるクリストフの成熟さが呼応したのです。特に欧米では宗教と音楽は密接な関係にあり、宗教が音楽をうまく利用しています。庶民も音楽を通せば難解なことにアクセスできるので、そうやって宗教音楽が発展してきたのです。

──『ジャネット』で15歳のジャンヌを演じたジャンヌ・ヴォワザンが続けて演じるのかと予想していましたが、幼少期を演じた10歳のリーズ・ルプラ・プリュドムに役を託されました。その理由は?

監督:映画史において、ジャンヌ・ダルクと同じ歳でジャンヌを演じた女優はいません。ルネ・ファルコネッティは35歳、イングリッド・バーグマンは39歳でしたよね。このことが証明しているのは、歴史的正確さが求められていないということです。
『ジャネット』で思春期のジャンヌを演じた女優はいくつかの事情から、この役を再び演じることができませんでした。でも、その代わりにリーズをキャスティングするというアイデアが天啓のようにおりてきたのです。甲冑をまとった彼女の様子をスクリーンテストで見た時、私たちは神秘的なまでに何か特別なものを彼女が持っていることが分かりました。子ども時代の独特な表現と無垢さ、我々の中にもある形のない永遠なものの痕跡。これはペギー作品の中に鳴り響いている大切なものでもあるのです。

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──ジャンヌ・ダルク作品でお好きなものがあれば、教えてください。

監督:私が特に好きな作品は、カール・セオドア・ドライヤーの『裁かるるジャンヌ』です。ジャンヌ・ダルクという題材を抜きにしても、映画史における傑作と言えるでしょう。ドライヤーのジャンヌの描き方は非常にオリジナルですが、彼は映画や舞台といった芸術において、神話が持つ力を最初に理解したひとりだと思います。その力ゆえに、映画監督はジャンヌを躍起になって映画化しようとするのです。それは映画にとって、壮大なテーマでもあります。最初は崇められていた人物が、後に貶められ、殉教者のようになるというモチーフは、絵画でも重要なテーマとして扱われていますから。この要素こそが、映画においても好まれた理由と言えるでしょう。

ブリュノ・デュモン
ブリュノ・デュモン
Bruno Dumont

1958 年 3 月 14 日生まれ、フランス・フランドル地方バイユール出身。哲学を学び、様々な分野の職業を転々とした後、80 年代後半から産業映画や教育映画などを撮り始める。10 年ほどの間に多くの作品を手掛けた。映画長編第一作となった『ジーザスの日々』(97年)は、カンヌ国際映画祭カメラドール特別賞をはじめ、ジャン・ヴィゴ賞、アヴィニョンやシカゴなど国際映画祭などで数々の賞を受賞する。続く第二作『ユマニテ』(99年)では、カンヌ国際映画祭グランプリ、主演男優賞、主演女優賞を獲得。2006 年には『フランドル』で2度目のカンヌ国際映画祭グランプリを受賞し、注目を集めた。人間の実存に迫る独特な作風で、議論を呼び起こす作品を作り続けている。