『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』アントワーヌ・ヴィトキーヌ監督インタビュー

ディカプリオも利用された!? ミステリーを超えた欲望渦巻くノンフィクション!

#アントワーヌ・ヴィトキーヌ#サルバトール・ムンディ#アート#男性版モナ・リザ#美術#芸術

サルバトール・ムンディ

誰が13万円の絵画を510億円の名画に仕立て上げたのか!?

アート界に潜む闇と巨額取引の実態を生々しく暴いたミステリー・ノンフィクション『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』が11月26日より公開される。

2017年、アート界に激震が走った。1枚の絵がレオナルド・ダ・ヴィンチの最後の絵画とされる「サルバトール・ムンディ」=通称「男性版モナ・リザ」として、オークションで史上最高額となる510億円で落札されたのだ。購入者は誰か? これによって真のダ・ヴィンチ作品だと証明されたのか? 全世界の関心を集め、今なお謎が深まるばかりのこの名画に関わる秘密を鋭く紐解いていくだけでなく、知られざるアート界のからくりから、闇の金銭取引までをも生々しく暴く。

『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』
2021年11月26日より全国公開
(C)2021 Zadig Productions (C)Zadig Productions - FTV

すべてはニューヨークの美術商の“第六感”から始まった。ダ・ヴィンチには“消えた絵”があり、それには救世主が描かれているという説がある。名も無き競売会社のカタログに掲載された絵を見て、もしかしたらと閃いたNYの美術商が13万円で落札したのだ。彼らはロンドンのナショナル・ギャラリーに接触、専門家の鑑定を得たギャラリーは、ダ・ヴィンチの作品として展示する。お墨付きをもらったこの絵に、あらゆる魑魅魍魎が群がった。

意外な身元を明かすコレクター、手数料を騙し取る仲介者、利用されたハリウッドスター:レオナルド・ディカプリオ、巧妙なプレゼンでオークションを操作するマーケティングマン、国際政治での暗躍が噂されるある国の王子──。一方で「ダ・ヴィンチの弟子による作品だ」と断言する権威も現れる。そしてついに510億円の出所が明かされるが、それはルーブル美術館を巻き込んだ新たな謎の始まりだった──。

510億円の値をつけた絵画「サルバトール・ムンディ」は本当にダヴィンチ作なのか? 現代のアート界における問題点とは? 本作でアート界の知られざる闇にスポットを当てたアントワーヌ・ヴィトキーヌ監督にインタビューを行った。

紆余曲折の末に帰還したクリムトの名画

──この映画を撮ろうと思ったきっかけを教えてください。

監督:クリスティーズで510億円で落札されたことをきっかけに撮ろうと思ったわけではないんです。2018年頃、劇中にも出てくるサウジ皇太子のポートレイトとしてのドキュメンタリーをテレビ用に撮ろうとしたんですが、その時たまたま彼が大金を払って絵画を買ったということを聞いて、私の中で彼とアートのイメージがつながらなかったんですよね。皇太子のイメージというのは国政とか、イエメンでの戦争であるとか、あるいは反イランの立場であるとか、そっちしか知らなかったですから。私自身もアートには全く知識がなかったんですが、それを聞いた時に、アートと皇太子の繋がりに興味を持ったのがきっかけです。

──取材で苦労したことはありますか?
ダ・ヴィンチは誰に微笑む

監督:特になかったかと思います。この「サルバトール・ムンディ」にまつわる物語は尋常ではないので、そこに関わることをとても誇らしく思うような人もいて。例えば、自分の意見が否定されてると感じていた人が、あらためて意見を言うためにインタビューに答えてくれることもありましたし、逆に意見に反論したい人がインタビューを受けてくれたりと、そういうことが多かったです。

──監督自身はこの「サルバトール・ムンディ」の作品の真贋性についてはどう思いますか?

監督:(ダヴィンチの)工房が参加したのは間違いないと思っています。しかし、どの程度のパーセンテージを工房のスタッフが手かげたのか、それともほぼダヴィンチが描いたものなのかは分かりません。真相については客観性のある事実をもとに、エキスパートがあらためて議論すべきだと思います。一度言った自分の意見が変わってもいいと思うし、それはよくあることだから。問題は、その議論がなされる前に、政治的・外交的な問題が絡んでしまったことですよね。サウジアラビアの皇太子が「この絵画は科学的評価も芸術的評価も必要ないからダヴィンチとして扱え」と圧力をかけたことで、議論の前に真実が隠されてしまっている。それが問題だと思ってます。

芸術的価値ではなく利益のみを求めてアートに群がる人々

──今のアート業界をどのように思いますか?

監督:本当の芸術的な価値を求めてというよりも、富豪たちが、投機対象としてオークション向けに扱うようなことが起こっているのが、今のアートの世界なんです。つまり、アートの世界では芸術作品が資金を生んでいる状況があります。そして芸術作品の周囲には、必ず利益を求める人たちが群がっているわけですね。もちろん、不誠実な人ばかりではありませんが、そのように芸術作品を貶めている人がいるのも事実だと思います。

──日本の印象はどうでしょうか?

監督:まだ一度も行ったことはないんですが、いつか必ず行きたいです。私は若い頃、10年ほど柔道をやっていたことがあって、そこから日本との関係は始まりましたが、直感的にもとても日本に興味があります。そんな個人的なことを抜きにしても、日本とフランスはとても近いところがあると思いますしね。日本の方はフランスを好きでいてくれるようだし、フランスもとても日本に関心を持ってると思います。

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──作品作りを通して監督が大事にしていたことはありますか?

監督:もっと深い意味で世界のロジックを浮き彫りにしたいと思いました。今、フェイクニュースが世界で問題になってますが、私は真実ですら作られるものだと思ってます。では、この絵に関しては一体どのようにして真実が作られていったのか? その過程を描くことで、誰もがそれを自問自答できるような作品にしたかったのです。

アントワーヌ・ヴィトキーヌ
アントワーヌ・ヴィトキーヌ
Antoine Vitkine

1977年フランス出身。ドキュメンタリー映画監督かつジャーナリスト。パリ政治学院を卒業し、国際関係学で修士号を取得。その後、ジャーナリストとして活躍。2001年以降、大手フランス放送局製作の23本のドキュメンタリー作品の監督を務め、そのほとんどが世界各国のテレビ局で放送される。特に有名な作品に『Qaddafi, Our Best Enemy(英題)』(2012年に最も海外に輸出されたフランスのドキュメンタリーとして受賞)、ヨーロッパにおける極右大衆迎合主義を捉えた『Populism, Europe in Danger(英題)』、著名な文学賞についての作品『Goncourt:faites vos jeux(原題)』、『The Forgotten Slave(英題)』、サルコジとカダフィの関係についての『The President and the Dictator(英題)』、『Magda Goebbels, First Lady of the Third Reich(英題)』、『Putinʼs Revenge(英題)』、『November Paris Attacks(英題)』、『Bashar. Master of the chaos(英題)』、そして最近では『MBS, Prince of Arabia(英題)』がある。他にも11カ国語に翻訳された「ヒトラー『わが闘争』がたどった数奇な運命」(永田千奈訳/河出書房新社刊)など3冊の書籍も執筆している。