『THE MOLE』『ザ・レッド・チャペル』マッツ・ブリュガー監督インタビュー

一般市民が北朝鮮に潜入&盗撮!“独裁国家”の真実を晒す衝撃のドキュメンタリー

#マッツ・ブリュガー#THE MOLE#ザ・レッド・チャペル#THE MOLE(ザ・モール)#ザ・モール#ドキュメンタリー#北朝鮮

THE MOLE

北朝鮮側から「良心のない犬」と書かれ、罵倒された

デンマークの奇才マッツ・ブリュガー監督が、厚いベールに包まれた北朝鮮の実態に切り込んだドキュメンタリー2作品が、今秋相次いで公開。

『THE MOLE(ザ・モール)』(公開中)はデンマークの一般市民が、CIAさえ容易に情報を掴めなかった北朝鮮の国際的な闇取引(武器密輸)のネットワークに潜り込み、その実態を赤裸々に暴いたドキュメンタリー。元料理人のウルリク・ラーセンと架空の石油王に扮したミスター・ジェームズのコンビが、北朝鮮の関係者たちを巧みに欺きながら盗撮を重ね、闇取引の実態を明らかにしていく。

一方、『ザ・レッド・チャペル』(11月27日より公開)はブリュガー監督の長編デビュー作。

『ザ・レッド・チャペル』
2021年11月27日より全国順次公開
(C)2009 Zentropa RamBUk All rights reserved 2009

異文化交流と称し舞台公演の許可を得ることに成功した監督は、韓国系デンマーク人のヤコブとシモンの2人のコメディアンと共に北朝鮮に入国。熱烈な歓迎を受ける一方、母のように接する案内役の女性によって行動は常に監視され、北朝鮮の意思で2人のコントは幾度となく修正される。そんな中ヤコブは、金日成広場での軍事パレードに強制的に参加させられることに……。

危険を顧みず、ジャーナリストとしての類稀な感性とダークなユーモアで、独裁国家のリアルを描き過ぎ、北朝鮮を出禁にまでなったブリュガー監督。彼がドキュメンタリー制作の経緯を振り返ってくれた。

北朝鮮強制収容所の過酷な実態描く3Dアニメーション『トゥルーノース』、早くも動画配信開始

──『THE MOLE』では、ウルリク・ラーセンさん自ら、北朝鮮への潜入を監督に持ち込んだそうですね。どのような経緯で監督のもとにお話がきたのでしょうか?またその時は率直にどう思われましたか?

監督:彼が私にFacebookのメッセンジャーでメッセージを送ってきたのです。私は彼について聞いたこともなく、それ以前に話したことも会ったこともありませんでした。彼の申し出は、私の個人的なスパイとしてKFA(The Korean Frendship Association)に潜入するというものでした。面白い考えだし興味深いとも思いましたが、正直なところ実現できると思っていませんでした。一種の実験でした。

──では、なぜこのドキュメンタリーを撮ることにしたのでしょう?

監督:彼の提案は期待できそうだと感じたからです。私は何の費用も負担する必要がありませんでした。潜入者であるウルリクは無償で働き、ほぼすべての撮影を自分で行っていたので、彼の交通費がかかる以外は、長い目で見てとても費用対効果の高いプロジェクトでした。またこのプロジェクトが私たちをどこに導いてくれるのかに興味を惹かれました。これまで決して語られることのなかった秘密にアクセスできることで、今までの北朝鮮を描いたどの映画とも根本的に異なる、北朝鮮についての映画を制作できるかもしれない、と思ったのです。

THE MOLE

『THE MOLE(ザ・モール)』
2021年10月5日より全国順次公開中
(C)2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS

──監督はプロデューサーとしてクレジットされていませんが、ウルリクさんから話を持ち込まれた後、どのような流れで制作を開始したのですか?

監督:本作のプロデューサーは私の長年の友人であるピーター・エンゲルです。ピーターは私の勧めで、ウルリクがどんな人間なのか知るために彼に会いに行きました。そしてピーターは、このプロジェクトを進めたいと興奮しながら私に報告してきて、彼がプロデューサーを務めることになったのです。その後、私とピーターの良き友人であるノルウェー人プロデューサーのビャッテ・モルネル・トゥバイトがチームに加わりました。

──偽の投資家としてミスター・ジェームズが登場しますが、彼はどのような経緯でこの企画に参加したのでしょうか?

監督:私は偽のビジネスマンを演じられる人物をどうにか見つけなければなりませんでした。向こう見ずな性格で、俳優として世に知られていない俳優という人物。見つけるのは容易ではありません。ある夜、コペンハーゲンのVEGAというナイトクラブを訪れた際、そこのバーで私はミスター・ジェームズと出会いました。彼はコカイン密売の罪で8年間服役し、刑務所を出所したばかりでした。服役中、彼は私の過去作を見てとても気に入ったそうです。だから彼はバーで私に近づき、彼の人生を私に語り始めました。間もなく私は、彼こそ私が求めていた人物だと確信しました。幸運なことに、彼も私達の仕事に興味を持ってくれました。ウルリクと一緒に北朝鮮へ潜入できるかと私が彼に尋ねたとき、彼の最初の質問は「いつ始めるんだ?」でした。

──ウルリクさんやジェームズさんの潜入にかかる費用など、かなりの資金が必要だったと思います。どのように工面されたのでしょうか?

監督:デンマーク映画協会とノルウェー映画協会が、主にこの作品へ資金提供してくれました。その後、ミスター・ジェームズの豪華なライフスタイルを創り上げるために更なる資金が必要となった際、北欧の3つの公共放送とBBCが製作に加わりました。当初からの私たちの最も重要なルールは、北朝鮮人にいかなる金銭も与えない、ということでした。もしそうしてしまえばプロジェクトのモラルが損なわれるからです。だから交通費、宿泊費、その他の費用を支払っているのは北朝鮮人自身です。

──潜入は10年に及びましたが、当初からそのような長期プロジェクトとして考えていましたか?

監督:こんなに進展するとは思っていませんでした。実は、ウルリクが途中で興味を失い、彼の人生に関わる別の何かを見つけるんじゃないか、と思っていたのです。

──本作の中で、素人が危険なスパイ活動をしていることに大変驚きましたが、後ろ盾になる政府の組織などあったのでしょうか?

監督:いいえ、政府機関や国際的な諜報機関の協力はまったくありませんでした。私たちはプロフェッショナルではありませんが、“行動学習”(learning by doing)の原則に従い物事を進めていきました。アイデアを徐々に積み上げ、スパイ技術を学び、諜報活動を画策しました。最終的に、私たちはなかなかの手腕を身に着けたと思います。

──北朝鮮にスパイとして潜入した映像をドキュメンタリーとして公開することに対して、報復などの恐怖は感じませんでしたか?

監督:自分はもはや平壌(ピョンヤン)の人気者ではない、ということを私はわかっています。北欧では私は安全だと感じていますが、北朝鮮と友好関係のある国々への渡航は避けるように勧められています。

北朝鮮を出禁になったマッツ・ブリュガー監督

──監督は『ザ・レッド・チャペル』を制作したことで北朝鮮に入国できなくなったと聞きましたが、何が起きたのでしょうか?

監督:大したことではありません。スウェーデン・デンマーク・ノルウェー担当の北朝鮮大使がデンマーク放送協会へFAXを送ってきたのですが、そこには私が「良心のない犬」だと書かれていました。また彼は私を罵倒しました。すべては『ザ・レッド・チャペル』が原因です。私はそれを、自分はもはや平壌で歓迎される立場ではない、というサインだと受けとりました。

『THE MOLE』『ザ・レッド・チャペル』画像を見る

──デンマークにあのような北朝鮮支援組織があることを、本作を見て初めて知りました。現在、世界には同じような組織がどのくらい存在するのでしょうか? なぜ、彼らは北朝鮮を支援するのでしょうか?経済的なメリットと思想的な面から教えていただければと思います。

監督:デンマークの北朝鮮友好協会の場合、1968年に過激派の社会主義者グループによって設立されました。当時、北朝鮮は進歩的でクールな国とみなされていたのです。そのため彼らは金政権を支持し続けました。近年は悲しいことに、メンバーは少なくなり、残っている者も年を取り、現実に幻滅しています。世界的にも同様の団体が多数存在しますが、個人的にはKFAが最も興味深いと感じます。なぜなら彼らは国際的な組織をつくり活動しているからです。またKFAは、新しいメンバーや若いメンバーの勧誘にも優れているように見えます。

マッツ・ブリュガー
マッツ・ブリュガー
Mads Brugger

1972年6月24日生まれ、デンマーク出身。複数の書籍を執筆し、雑誌や新聞にも寄稿するジャーナリストであり、ニュース番組などで司会を務めるほか、ラジオ番組のプロデュースも行うなど多彩な才能を持つ。様々な環境に潜入する“パフォーマティブ・ジャーナリズム”と呼ばれる独自の手法で『Danes for Bush』(04年)などの風刺的なTVドキュメンタリー・シリーズを制作。映画監督としては、長編ドキュメンタリー『ザ・レッド・チャペル』(09年)でデビューを果たすと、第26回サンダンス映画祭ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門の審査員賞を受賞。同じくサンダンス映画祭に出品され、トーキョーノーザンライツフェスティバル2014で上映された『アンバサダー』(11年)ではアフリカの政治汚職に切り込んだ。2020年に日本でも公開された、第2代国連事務総長ダグ・ハマーショルドの飛行機事故の真相を追った『誰がハマーショルドを殺したか』(19年)では、第35回サンダンス映画祭ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門で監督賞を受賞。世界78もの映画祭で上映、9度の受賞を果たし、米ハリウッド・レポーターの年間ベスト映画ランキングでは10位にランクイン。その才能を世界に知らしめた。