紆余曲折の末に帰還したクリムトの名画。実話を素にした『黄金のアデーレ 名画の帰還』の爽快感

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『黄金のアデーレ 名画の帰還』
(C)THE WEINSTEIN COMPANY / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ORIGIN PICTURES (WOMAN IN GOLD) LIMITED 2015
『黄金のアデーレ 名画の帰還』
(C)THE WEINSTEIN COMPANY / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ORIGIN PICTURES (WOMAN IN GOLD) LIMITED 2015

『黄金のアデーレ 名画の帰還』

いきなり他の映画の話で恐縮だが、1980年のニコラス・ローグ監督作『ジェラシー』という作品がある。冒頭、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿内のオーストリア・ギャラリーが登場し、グスタフ・クリムトのギャラリーに「接吻」と共に展示されているのが「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I」すなわち「黄金のアデーレ」だ。このシーンは今やレア映像になった。現在ベルヴェデーレに行っても「黄金のアデーレ」はそこにない。今回紹介する『黄金のアデーレ 名画の帰還』は、クリムトの描いた名画が紆余曲折を経て、あるべき場所へと還った実話を映画化している。

『黄金のアデーレ 名画の帰還』予告編

イギリスの大女優、ヘレン・ミレンが演じる主人公・マリアは若くして夫と2人で母国オーストリアからアメリカへ亡命したユダヤ系の女性。1998年、彼女は82歳で母国の政府を相手に訴訟を起こした。20世紀初頭、裕福な家庭に生まれ育った彼女のおば・アデーレをクリムトが描いた肖像画の返還を求めたのだ。芸術家のパトロンだったおば夫妻のもとにはクリムトをはじめ、作曲家のマーラーや作家のシュニッツラー、精神科医のフロイトらが出入りしていた。クリムトは1925年に病没したアデーレの肖像画を2枚描いている。

1930年代に入るとナチスが台頭し、マリアの一族もほかのユダヤ系の人々と同様に資産を没収され、クリムトの絵画もナチスの手に渡った。肖像画は1943年にベルヴェデーレ宮殿で展示された。絵画をオーストリア・ギャラリーに寄贈してほしいというアデーレ本人の遺言もあり、第二次世界大戦後も肖像画は展示され続けたが、これに対して、アデーレの夫の遺言で資産の後継者の1人に指定されていたマリアが返還を求める訴えを起こしたのだ。

無謀ともいえるマリアの行動の原動力は、20代で親族を故郷に残したまま夫と2人で亡命して以来、一度も祖国へ戻ることのなかった深い悲しみだ。大好きだったおばの肖像画を奪還するのは、ナチスによって永遠に奪われたかけがえのない家族を取り戻すことにほかならない。その闘いを通して、マリアは自ら記憶を封印してきた過去と向き合うことになる。

マリアの法廷闘争の相棒となるのは、家族ぐるみの友人の息子で弁護士のランディだ。ライアン・レイノルズ扮する、ちょっと頼りない青年と80歳過ぎても意気軒昂なマリアの二人三脚は時にユーモラスで、重くドラマティックな物語に明るい風を吹かせる。このランディの名字がシェーンベルクで、やはりナチスの迫害を逃れてアメリカに亡命した作曲家、アーノルド・シェーンベルクだという事実にも驚く。

素人と駆出しのコンビが不可能と思える障壁の数々を必死に乗り越えていく様は爽快。『クィーン』など、女王を演じたら右に出る者なしのヘレン・ミレンは本作でも魂の強さを表現。失われたものを取り戻すために、決して諦めない心の強さと勇気、柔軟さを美しく演じている。(文:冨永由紀/映画ライター)

『黄金のアデーレ 名画の帰還』は11月27日より公開中。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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