(後編)完成度の高いミュージカル・パートは必聴! 会心の青春群像劇『心が叫びたがってるんだ。』

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『心が叫びたがってるんだ。』 
(C) KOKOSAKE PROJECT
『心が叫びたがってるんだ。』 
(C) KOKOSAKE PROJECT

そして本作『心が叫びたがってるんだ。』の大きな魅力のひとつとしてここで取り上げたいのが、ミトと横山克の2人が担当する完成度の高いミュージカル・パートである。

【映画を聴く】(前編)完成度の高いミュージカル・パートは必聴! 会心の青春群像劇『心が叫びたがってるんだ。』

ミトは3ピース・バンド、クラムボンのベーシストであり、メイン・コンポーザー。クラムボンとしては1999年のデビュー以来、2015年3月の最新アルバム『trilogy』まで9枚のオリジナル・アルバムをリリースしている。近年は『花咲くいろは』や『しろくまカフェ』といったテレビアニメの主題歌も積極的に手がけており、『trilogy』リリース時のインタビューでは上質なアニソンへのリスペクトを包み隠さず語ったりもしている。

ミュージシャンの両親がミュージカルやジャズ・スタンダードを演奏する店を経営していたこともあり、もともとその手の音楽に精通していたミトは、当初は本作に音楽スーパーバイザー的なスタンスで関わる予定だったという。しかし、長井監督やスタッフに父親の演奏するスタンダード・ナンバーを実際に聴かせるなどのキャッチボールを繰り返す中で、ごく自然に実制作も担当することになったという。

いっぽうの横山克は、アニメや映画を中心に活動する作曲家で、ミトが作り出した音楽観に対して、どういった軸で自分の音楽を作っていくかを考えるところから制作を始めたと語っている。アニメの劇伴はほぼ初めてのミトを、職人的な経験とノウハウで横山がフォローする形で作業が進んだのだろう。その音楽はどれも、アニメファンだけでなく、ミュージカルやジャズのリスナーにも聴いてほしいクオリティに仕上がっている。

本作の中で披露される劇中劇『青春の向う脛』は、生徒たちによる完全オリジナル作という設定。言葉を封印されたヒロインの順が胸に秘めていた言葉に、ピアノを弾けるクラスメイトの拓実がメロディを付けたものが骨格になっている。ただし、メロディはオリジナルではなく、よく知られたスタンダード・ナンバーや民謡、クラシック曲からの引用。メロディの“ネタ探し”に使われるのは、音楽を趣味とする拓実の父親の膨大なレコード・コレクションだ。アップライトピアノやダイヤトーンの4ウェイスピーカー、DS-3000と思しきスピーカーなどの高級オーディオ機器が鎮座するその音楽ルームに順を呼び、「本番まで時間ないし」と有りもののメロディに軽やかに言葉を当てはめていく拓実の様子はいかにも現代の高校生らしく、かえってリアリティがある。

引用されるメロディは、ジョージ・ガーシュウィンのミュージカル曲「スワニー」や「サマータイム」、ポール・マッカートニーのプロデュースでメリー・ホプキンが録音した「悲しき天使」の原曲であるロシア民謡「ダローガイ・ドリーンナィユ」、『80日間世界一周』の主題歌「アラウンド・ザ・ワールド」、クリスマス曲として知られるイングランド民謡「グリーンスリーヴス」、ベートーヴェンのピアノソナタ第8番「悲愴」、そして『サウンド・オブ・ミュージック』の主題歌「虹の彼方に」など。ひとつの楽曲に2つの旋律を織り交ぜるクロスメロディ(二重唱)などの技法を使って順の“心の叫び”を多面的に詰め込み、誰もが一度は耳にしたことのある楽曲を新鮮に聴かせる。

また、劇中ではDTM(デスクトップ・ミュージック)研究会の生徒2人が楽曲の編曲を手がる設定になっており、本番でも彼らがPCで作ったバック・トラックに合わせてキャストが歌うのだが、ミトは“音楽好きの高校生が作っている感じ”をリアルに表現するためにプロ仕様の機材は使わず、あえてダウンロード・フリーのソフトなどを使って音楽制作を進めたという。その素朴なサウンドや順の言葉には、高校生ならではの荒削りな部分も見受けられるが、それが音楽として説得力たっぷりに聴こえるのは、ミトや横山の高度な音楽的テクニックと該博な知識に裏打ちされているからだ。そこには単なるアニメの劇中曲を超えた、確かなリアリティが備わっている。

ミュージカルや音楽映画は好きだけどアニメはちょっと……という人にこそ見てほしい、現代の日本のアニメの高水準安定ぶりをうかがい知れる作品だ。(文:伊藤隆剛/ライター)

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。

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