3ページ/のっけから興奮しっぱなし!『バクマン。』の漫画愛と青春ドラマ

#元ネタ比較

『バクマン。』
(C)2015映画「バクマン。」製作委員会
『バクマン。』
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ミスキャストと漫画愛

「週刊少年ジャンプ」で連載された、「DEATH NOTE」の大場つぐみ・原作&小畑健・作画による大ヒット漫画「バクマン。」が実写化された。コンビ漫画家を目指す少年2人が「週刊少年ジャンプ」で1番人気を取ろうと挑戦する青春ドラマとなっている。受験や恋愛などのドラマは極力削って漫画制作のテーマに絞り、登場人物やエピソードも減らしてバディムービーとしての面白さも高めている。

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削ぎ落とされているのはストーリーラインだけじゃない。メガホンを取ったのは『モテキ』の大根仁監督だ。漫画原作はお得意だろうし、漫画好きな監督のことだからサブカル要素もふんだんで、どれだけCGまみれのビジュアルになっているだろうと思いきや、大根演出は控えめで、漫画カルチャーを遊びとしてイジる演出も少ない。印象的だったのは漫画家仲間での飲み会シーン。「SLAM DUNK」の安西先生の「あきらめたらそこで試合終了ですよ・・・?」などヒット漫画の名ゼリフを言い合うが、根っからの漫画好きではなくサラリーマンから転職した漫画家はキョトンとしてるとこは笑った。

またビジュアル的に凝ったシーンも多くはないが、逆に少数精鋭で凝ったシーンは鮮烈に目を楽しませてくれる。本来なら地味なはずの漫画を描くシーンで、作画作業を黙々と進める作業部屋にプロジェクション・マッピングを用いて原稿が写し出され、まるで万華鏡のような映像が広がっていくさまは圧巻。また、新妻エイジと主人公2人のアンケート結果を争うバトルシーン! 真っ白な異空間で、大きなペンを剣のように用いて肉体アクションを交えながら床や壁に漫画を描いていくのだ。アクロバティックな動きを見せながら、ガガガガ、ゴゴゴゴという擬音の文字も現れ、まさに漫画そのもののメタな演出は手に汗握るはず。

でも、数少ないシーンで見せ場を作り、あとはベタな青春ドラマとして展開する。この作品はビジュアルやサブカルに頼らず、ドラマの面白さの熱量だけで引っ張っていけると確信したのだろう、大根監督の度量の大きさにも感服した。代わりに美術は手を抜かず、編集部や仕事部屋は凄まじいほどの凝りようでリアリティを醸し出してドラマを盛り上げる。シュージンが描くイラストや漫画も、小畑健が直々に手がけたというほどのこだわりようだ。

脚本は原作のエキスを掬(すく)い取って換骨奪胎(かんこつだったい)し、演出も憎いほどの緩急で観客を魅了し、キャラクターを演じるキャスティングも完璧で……といいたいところだが、それね、やっぱ、触れないわけにはいかないよね、キャスティング。

主人公の2人のキャスティングは、やや内向的だが芯が強く、亜豆と直接言葉を交わす機会も少ないほどのプラトニックラブを繰り広げるサイコー役が佐藤健。アグレッシブでリードを取り、原作では肉食系のシュージンを演じるのは神木隆之介だ。はいはい、そうだよね、逆だよね、逆。ナイーブなサイコーは神木で、肉食系は佐藤健のイメージだ。結局、映画版で恋愛が絡むサイコー役を神木隆之介ではなく佐藤健にやらせたほうが世間的に引きがあるってことでしょ?とすねて思ったが、大根監督は単純に「文才、画才があるほう」で決めたのだとか。確かに佐藤健に文才があるようには……。それでも、大根監督も「佐藤が童貞に見えるかどうか心配だった。神木は問題ないけど(笑)」と不安に思ったらしい。だが、佐藤健が童貞に見えるかどうか客観的な判断は別として、漫画にかける青春ドラマのストーリーテリングに引っ張られ、見ているうちに逆だと思ったキャスティングが気にならなくなったのは事実だ。それだけ物語のパワーが力強い。まぁ、神木くんのメガネ姿に萌えたってのもあるけどね〜。どうせなら松岡茉優にでも見吉役をやってもらって肉食系な神木くんを見たかったとよこしまな気持ちでは思うけどね〜。

共演者は実にいい。実写化すればサムくなると思えた不思議ちゃん漫画家・新妻エイジは、見た目も寄せた染谷将太がさすがの怪演でうならせる。原作とは見た目も性格も異なる担当編集者の服部哲は、原作の2人を引っ張る兄貴分というイメージより信頼してサポートする編集者として、『電車男』で見せたヲタク路線で山田孝之が好演する。ヤンキー漫画家・福田真太役の桐谷健太も、下積み長い漫画家・中井巧朗役の皆川猿時もハマっている。ただ、ヒロインである亜豆役の小松菜奈は顔の造形が似てるかもしれないが、どうやってもフォローしようがないほどミスキャスト。もんのすご〜く大変な“漫画を描く”という作業に対してサイコーのモチベーションとなる、ただただピュアでかわいい女の子であればいいのだから、顔が似てなくても無難に中条あやみか黒島結菜あたり、この際橋本環奈でもいいから小松菜奈よりはマシだったろうに。小松菜奈だとフェロモンむんむんで妖しすぎ! きっとキャスティングしたときは今の小松菜奈のイメージではなかったのだろう、仕方ない。

しかし、憂うことはない、サイコーの亡くなった叔父さんで「週刊少年ジャンプ」の漫画家だった川口たろうを演じる宮藤官九郎が小松菜奈を補って余りあるほどいいのだ。登場シーンは少なく、ヒゲだらけで小汚いが、サイコーの心の中で生き続けるヒーローという存在だ。おそらく、非公開であるが中の人が漫画家のガモウひろしではないかと言われている原作者・大場つぐみを投影したキャラクターだと思われ、そういう意味でもキーパーソンなのである。ちなみに劇中で川口たろうの唯一のヒット作とされる「超ヒーロー伝説バックマン」の単行本の1巻の表紙は、ガモウひろしの「とっても!ラッキーマン」の単行本の1巻の表紙にそっくりで泣けてくる。この宮藤官九郎演じる川口たろうはカッコ良く味わい深く魅力的で、サイコーを漫画の道へ引き入れて人生を狂わせた人物として納得できるのだ。

そう、漫画、それは本当に人生を狂わせるほどのパワーを秘めたもの。劇中のここっていう山場で見せる、小学生も中高生や大学生も、社会人もカップルも、みんながキラキラと「週刊少年ジャンプ」を読むシーンには自然と涙が溢れてしまった。なんだかんだ言っても、大人も子どもも夢中になって漫画を読む、こんな国は他にはないだろう。いっぱいいっぱい問題がある国だけど、世界に誇れる文化として漫画を持つ日本に生まれて良かった!と大げさなことさえ思わせてくれる、漫画への愛にあふれた青春バディムービーだ。漫画愛を感じる凝ったエンドロールもお見逃しなきよう。最後まで退場は禁止だ!(文:入江奈々/ライター)

『バクマン。』は10月3日より全国公開される。

入江奈々(いりえ・なな)
1968年5月12日生まれ。兵庫県神戸市出身。都内録音スタジオの映像制作部にて演出助手を経験したのち、出版業界に転身。レンタルビデオ業界誌編集部を経て、フリーランスのライター兼編集者に。さまざまな雑誌や書籍、Webサイトに携わり、映画をメインに幅広い分野で活躍中。

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