後編/狂気全開! 香川照之の怪演を引き立てる羽深由理の音楽

#映画を聴く

『クリーピー 偽りの隣人』
(C)2016「クリーピー」製作委員会 
『クリーピー 偽りの隣人』
(C)2016「クリーピー」製作委員会 

(…前編「黒沢清監督の原点回帰的作品」より続く)
【映画を聴く】前編/狂気全開! 香川照之の怪演を引き立てる羽深由理の音楽

【映画を聴く】『クリーピー 偽りの隣人』後編
じわじわと“薄気味悪さ”を植えつける音楽

そして音楽について。羽深由理によるフルオーケストラを使ったスコアは派手すぎず地味すぎず、一聴して強く印象に残るようなタイプのものではない。しかしそのさじ加減が絶妙で、ともすれば下世話になってしまいそうなところをストイックに抑えながら、作品に通底する“薄気味悪さ”をじわじわと見る者に植えつけていく。

羽深由理はTVドラマや映画、アニメを中心に活動する作曲家。2012年に中居正広主演のTVドラマ『ATARU』で劇伴作曲家としてのデビュー、その後は映画『万能鑑定士Q -モナ・リザの瞳-』やTVドラマ『カラマーゾフの兄弟』『コントレール 〜罪と恋〜』のほか、CMや商業施設の館内BGMなども担当している。

黒沢清監督は本作の音楽について、「オーソドックスなサスペンス・スリラーのタッチでいきたい」と注文したという。そう聞くとアルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』や『鳥』、J・リー・トンプソン監督の『恐怖の岬』などを手がけたバーナード・ハーマンや、その『恐怖の岬』をリメイクしたマーティン・スコセッシ監督『ケープ・フィアー』でハーマンの音楽を忠実に再構成したエルマー・バーンスタインあたりの仕事ぶりを真っ先に思い浮かべるが、黒沢監督はそこまで強い印象を残す劇伴は最初から望んでいなかったようだ。

「『ダニー・エルフマンになりつつありますね』『そこまではいかないで大丈夫』といったやり取りを経て、今の形にたどり着きました」と監督がインタビューで語っている通り、基本的には先述のようなストイック路線が指向されており、それは黒沢監督のホラー作品に共通するある種の“品のよさ”を保つことにつながっている。

ちなみにダニー・エルフマンはティム・バートンやサム・ライミといった現代の巨匠の作品を多く手がける作曲家。バーナード・ハーマンに影響を受けたドラマティックかつエモーショナルな作風で知られる。かつてはオインゴ・ボインゴというバンドのリーダーとして活動し、マニアックな音楽ファンに支持された人物だ。

主人公の高倉が少しずつ隣人の西野の術中に落ちていくように、見る者は知らず知らずのうちに黒沢監督の作り上げた“クリーピーな世界”から抜け出せなくなっていく。旬なアーティストの楽曲を主題歌に使うわけでもなく、文字通り劇伴に徹した本作の音楽が、そこでどれだけ重要な役割を担っているかをぜひとも劇場で確かめていただきたい。(文:伊藤隆剛/ライター)

『クリーピー 偽りの隣人』は6月18日より全国公開中。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。

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