ビートたけしが見せる、つかみ所のない男の闇

#週末シネマ

『女が眠る時』
(C)2016 映画「女が眠る時」製作委員会
『女が眠る時』
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『女が眠る時』
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『女が眠る時』
(C)2016 映画「女が眠る時」製作委員会

『女が眠る時』

ミステリアスという言葉が似合う日本映画には、久しくお目にかかっていなかった。香港出身の監督がスペイン人作家の短編小説を日本のリゾート地を舞台に映画化した『女が眠る時』は、どうしようもなく日本的な風景の中で、4人の老若男女が創るエキゾチックな世界が魅惑的。主演のビートたけしの言葉を借りると、「知的ゲームのような要素がある」作品だ。

彼らは海辺のリゾートホテルに滞在する2組のカップルだ。デビュー作がヒットした後からスランプに陥ったままの作家・健二は妻の綾とプールサイドの向かい側にいる男女に目を奪われる。父親とも思えないほど年上の男が白い水着姿の若い女に日焼け止めクリームを丹念に塗る姿は異様だが、健二はその男、佐原と連れの美樹に見入られ、彼らの姿を追い始める。

2人が行く先々までこっそりつけ回し、やがては彼らの部屋まで覗くようになる健二を嫌がるどころか、彼を招き入れる佐原は、夜な夜な撮り続けている美樹の眠る姿の映像を見せる。穏やかな表情と口調で、明らかに異常な性癖を隠そうともしない佐原の得体の知れなさに恐れを感じる一方、健二はますます2人に魅入られていく。

健二を西島秀俊、佐原をビートたけしが演じる。ほんの数ヵ月前に『劇場版 MOZU』で公安警察官と謎の黒幕として共演したばかりだが、今回も西島はつかみどころのない男の闇へ引きずり込まれ、翻弄される健二を好演。1日、2日と時間をかけて、観客と同じ立場から佐原の正体へと迫り、同時に夢とも現実ともつかない状況に身を委ねることになる。

ビートたけしは、日本の映画監督ならば絶対に振らないような役を演じ、(自身の監督作も含めて)言わせないようなセリフを面映そうに、だが、はっきりと口にする。その違和感が得体の知れなさを増幅させ、これまで見たことのない表情が引き出されている。それは佐原たちも足を運ぶ、一体何の店だかも定かでない(小料理屋のようでもある)店の主を演じるリリー・フランキーにも当てはまる。

美樹を演じるのは、侯孝賢監督の『黒衣の刺客』、トルコとの合作映画『海難1890』など国際派女優の道を歩み始めた忽那汐里。少女のような無防備さと大人の色香が不安定に共存していて、不思議な美しさが輝く。健二の妻・綾は途中までは脇に置かれた描写だが、ある時点から俄然その存在感が増し、もしかして最も重要な人物は彼女なのかもと思わせる。行動など、実はかなり謎めいている綾の複雑さを小山田サユリがうまく表現している。

夢か現実か、妄想だとするならば一体誰の? リゾート地での5日間の物語は、ばらまかれたピースをどこに置くかで、何通りもの未完成の絵を描き出すパズルのようだ。撮影中にビートたけしがアイディアを出した「脳というのは起きる寸前にさまざまな物語を作り上げる」という台詞は、ストーリーを追うだけではないこの映画の愉しみ方を指し示すものだ。

ウェイン・ワン監督といえば、ミニシアター・ブームだった90年代に記録的ヒットとなった『スモーク』が有名だが、『赤い部屋の恋人』など独特な官能で魅了する監督でもある。個人的には今はなき銀座シネパトスで初めて見た映画がワン監督の初期の傑作『スラムダンス』だったことも忘れ難い。トム・ハルスが演じた漫画家の主人公が、たった一度関係を持ったコールガールの殺人容疑をかけられるサスペンスで、全編を覆う秘密めいた雰囲気とうっすら漂う不穏さは、『女が眠る時』にどこか通じるものがある。すべてが曖昧で、夢のようにはかなくて恐ろしい。そんなトーンを懐かしく思い出した。(文:冨永由紀/映画ライター)

『女が眠る時』は2月27日より公開される。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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