全米で賛否両論!「戦争は殺し合い」という真実を突きつける『アメリカン・スナイパー』

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『アメリカン・スナイパー』
(C) 2014 TWENTIETH CENTURY FOX
『アメリカン・スナイパー』
(C) 2014 TWENTIETH CENTURY FOX

これほど見る側の思想によって受けとめ方の変わる作品はないだろう。現在アメリカで大ヒット中のクリント・イーストウッド監督最新作『アメリカン・スナイパー』は、イラク戦争で戦った実在の米海軍特殊部隊(ネイビーシールズ)の狙撃兵、故クリス・カイルの半生を描いている。アメリカでは、カイルがイラクで160人以上を射殺したという事実から、彼をヒーローと見なすべきかに始まり、映画への賛否両論が巻き起こっている。

ブラッドリー・クーパーが演じる主人公・クリスの立場は、羊と狼と番犬という喩えを用いて冒頭から明確になっている。アメリカでは、保守派は強い愛国心と仲間を守りたいという一念で行動するクリスを英雄だと評し、一方ではマイケル・ムーア監督のように「スナイパーは背後から人を撃つ。英雄なんかじゃない」とする否定派がいる。だが、主義が相反する彼らが揃ってこうも激しく主張するのは、この映画が描く、戦争という名の殺生に良心と恐怖心を揺さぶられるからではないだろうか。

少年時代から銃に親しみ、類いまれな狙撃能力を持つクリスは2003年から09年に除隊するまで4回、イラクに派遣された。その間に結婚し、子どもも生まれる。だが、温かい家庭に恵まれても彼は戦場に足を運び続け、死と隣り合わせの日々を過ごす。狙撃して殺す相手は敵なのだから、と迷いは見せない。周囲からは英雄視される。そんな中で彼の心が少しずつ何かに蝕まれ、壊れていくことに妻は気づく。

帰国し、平穏な環境にいても緊張感は解けきれず、戦場に戻って無心に銃を撃つことの方が日常になってしまうような感覚。PTSDに苦しむ主人公を演じたクーパーは実在のクリスと同世代で、クリスの書いた原作の映画化権を取得、本作のプロデューサーもつとめている。20キロ近く増量し、二枚目然とした風貌からムクムクとした体躯のシンプルな正義感の持ち主に変身した様を見て、彼は映画スターではあるが、指向は自分を役に近づける職人的なタイプ、すなわちイーストウッドの好むタイプだと確信した。体重を増減する役作りはよくあるが、クーパーの演技は内面を表現するために外見を変えるというアプローチが功を奏している。

それにしても、スティーヴン・スピルバーグの降板があって引き受けた監督作でありながらも、『アメリカン・スナイパー』はどこを切ってもイーストウッドの作品だ。狩猟、戦闘と形はさまざまだが、最初から最後まで人間が銃で生命を奪い続ける物語だ。女子どもは殺してはいけないなんて偽善だと言わんばかり。人を殺すという罪について、性別や年齢など本当は関係ないという真実を突きつける描写が続く。戦争にはいくつも正義があるが、突き詰めれば殺し合いであり、それがどれほど人間を傷つけるのか、深く考えさせられる。印象深いのは戦場に吹き荒れる砂嵐だ。殺し合う人間同士どちらもが、目を開けるのも呼吸するのも苦しい。その砂嵐に襲われる寓話的なシーンが心に残る。

アメリカンという形容詞と星条旗が映ると、そこだけを見て判断してしまう慌て者は多いだろう。だが、そんな人々の心の奥底にも一抹の苦みは振りまかれたと思う。この映画は、人間という種の持つ本能に訴える凄みを備えている。(文:冨永由紀/映画ライター)

『アメリカン・スナイパー』は2月21日より公開中。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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