【元ネタ比較!】商業映画の限界? 原作が突きつける鋭いテーマがピンぼけで残念…

『銀の匙 Silver Spoon』
(C) 2014 映画「銀の匙 Silver Spoon」製作委員会 (C) 荒川弘/小学館
『銀の匙 Silver Spoon』
(C) 2014 映画「銀の匙 Silver Spoon」製作委員会 (C) 荒川弘/小学館

『銀の匙 Silver Spoon』

「将来の夢は、受精師免許を取って乳牛の自家繁殖をすることです」、「農業経営を学んで農家を継ぐことです」、「バイオテクノロジー研究です」と、次々と澱みなく答える同級生に、受験戦争負け組の夢も希望もない主人公が青ざめる。そんな青春の悩みも盛り込まれた、「週刊少年サンデー」で連載中の大ヒット酪農青春グラフィティ「銀の匙 Silver Spoon」が映画化。原作は「鋼の錬金術師」の作者の荒川弘で、ジャンルは違えど、作者自身が大規模な酪農と畑作の農家のお嬢様であり、「ハガレン」の死生観や等価交換の概念もその体験から生まれてきたであろうと思えば不思議なことではない。

中島健人、主演作で帯広に凱旋「戻ってこられて嬉しい」。ゆずも主題歌披露!

舞台は北海道の農業高校で、前述で触れたように主人公の八軒勇吾は農業とは無縁だった少年だ。言わば学歴重視の世界から逃げてきたわけで「ハガレン」に通ずる強迫観念的な空気も流れている。無論、メインは農業ド素人の主人公が、農業という新しい世界に飛び込み、実習の大変さに面くらい、酪農を含めた農業の現実の厳しさを知るというもの。そこに恋愛・友情を加えてギャグでくるみつつ描いている。

映画化が決定し、キャスティングが発表されたときは度肝抜かれた! 冴えない負け組のメガネ男子・八軒を演じるのは、ジャニーズの男としてのセクシーさをイメージしたSexy Zoneの中島健人なのだ。共演もトボケた校長先生役は上島竜兵、恋愛相手である御影アキの怖い父親役には竹内力、仏のような風貌の中島先生役に中村獅童などとキャラを誇張したような、まるで“漫画”のような配役がズラリ。そして、メインビジュアルは鶏を抱えつつ困り顔で子豚を追う主人公のこれぞコミカル!な姿。うわー、サムい! やばい予感がする!!

しかし、意外と予想を裏切ってくれた。メガネをかければアラ不思議ってわけには……と思っていた中島健人は、まさにアラ不思議、黒縁メガネの八軒クンとして違和感なかった。監督からは常にキラキラオーラを消すように注意を受け、撮影後しばらくは本当にオーラを失っていたとか。出演者たちもオーバーな大見得演技やギャグ演技などあまりなく鼻につくことはなかった。さすが『麦子さんと』の吉田恵輔監督、そのあたりの匙加減は心得ている。危惧されていた第一関門はクリア!といったところだ。

ちなみに鑑賞前に一番ハマっていると思った、ミリタリーファッションで冷徹な富士先生役の吹石一恵は単純にスタイル良すぎ細過ぎ。原作で痩せたり太ったり変幻自在な同級生・稲田多摩子はCGで描くの?それとも2人1役!?とワクワクしていたが、痩せるエピソードはなかった。あと、時の人なだけに言及しておくと、『小さいおうち』で第64回ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を受賞して一躍脚光を浴びた黒木華は、縦巻きロールの勘違いお嬢様役なのだが、顔が地味なだけにアグレッシブさがイマイチ際立たなかった。ついでに、御影アキ役の広瀬アリスは可愛すぎると思ったが、垢抜けてないところがよかった。

注目したいのは、鑑賞前から違和感を持ち、鑑賞後も残念だった駒場一郎役の市川知宏だ。鼻筋の通った男らしい顔つきは駒場らしいが、体がひょろっひょろで大目に見て細マッチョぐらいなのだ。もっと筋骨隆々でなくてはいっちゃんじゃないじゃないか! いや、これは見た目だけを言ってるのではない。駒場は野球部でプロ入りも夢ではないほどの実力の持ち主。しかし、彼は野球選手という夢と貧乏農家を支えるというはざまで苦しみ、そこには弱小の個人農家が働けど働けど潤わない現実問題も写し出している。しかし、映画版では駒場は野球部ではあるが、そこに重きは置かれていないのだ。また原作に登場する学歴問題を担うキャラでもある、東大を中退してプータローになった兄を削ったのはまだいいとして、獣医を目指しながら血に弱いという同級生の相川まで割愛するのはもったいない。原作は、夢も実力もあっても資質が伴わないとどうしようもないという問題にまで目が行き届いているのに。

そう、原作よりも映画版は物語全体通してのテーマが薄いのだ。原作の最大のテーマとも言える、主人公が直面する大きな問題のひとつに“命を食すこと”がある。実習でかわいいかわいい子豚を飼育するが、八軒は果たしてその子豚を食べることができるのかと悩む。そして、「でも……豚肉って美味しい!」という逃げようのない真理にぶち当たる。それなのに! 劇中では食べ物が全然美味しそうに見えないのだ。テレビアニメシリーズはいろいろ注文つけたくなる点もあれど、食べ物の表現は原作を凌駕したと感じた。カラーの動画である点を生かし、とにかく美味しそうなのだ。ただの卵かけご飯もほかほかの湯気が上がり、つやつや輝いていてヨダレが出そうになる。でも、映画版は食べ物が美味しそうに見えないばかりか、それほど食べ物にスポットが当たっていない。八軒が初めて「うめー!」と感動する牛乳も金属カップで見えないし。私はこの“食べ物が美味しそう”であるかどうかが実写化成功の鍵となると見ていたが、残念な結果になったとしか言いようがない。

それに、連載中の長めの原作をよくコンパクトにまとめたとは思うが、そのわりに恋愛絡みのエピソードは小ネタでも逐一拾っているじゃないか。クライマックスに持ってくる最も盛り上がるエピソードは文化祭の出し物のばんえい競馬で、別に悪くはないけどもっと他にあるだろう?と思ってしまう。ばんえい競馬場を作るシーンもやたらと長く、みんなで力合わせる姿を見せようとする。やっぱり商業映画としては“恋愛”“友情”が一番の優先事項ってわけか〜、ため息。おサムい青春コメディという最悪の状態は免れたが、その反面、欲が出てしまったかもしれない。しかし作品のテーマはピンボケにして欲しくなかった。

あ、そうそう、ふくぶちょー(ペットの犬の名前)ファンのみなさん、登場は2カットで合計10秒もありませんので覚悟を。経済動物は処分されるのにかわいいだけで飼われるペットって人間のエゴ?命の価値ってなに?という問題の象徴とも言え、なんてったって原作コミックのマスコットキャラクター的存在なのだから、商業映画らしくするならするでもっと活かせばいいのに。というか、本音を言えば単にかわいい姿をもっと見たかったなぁ。(文:入江奈々/ライター)

『銀の匙 Silver Spoon』は3月7日より全国公開される。

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