分かっているのに、なぜ薬物を絶てないのか? 長い闘いをリアルに描いた珠玉作

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『ビューティフル・ボーイ』
(C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC.
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【週末シネマ】『ビューティフル・ボーイ』
ジョン・レノンの名曲をタイトルに

「ニューヨーク・タイムズ」などに寄稿する文筆家が、息子のドラッグ依存との格闘を綴った回想録、また息子自身による回想録2冊を組み合わせて映画化した『ビューティフル・ボーイ』。『ムーンライト』でアカデミー賞に輝いたブラッド・ピットの製作会社「プランBエンターテインメント」が手がけた本作は、依存に苦しむ青年と見守り続ける父親の8年間をリアルに、そしてこのうえなく繊細に描写している。

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ドラッグやアルコールの依存とそこからの再生を描いた作品は数多い。オスカーに輝いた名作もある。大半は主人公が依存を完全に克服して生まれ変わったようになる結末だ。そのせいで、とは言い切れないが、そんな物語だけを見ていると、なぜ心身を蝕むとわかっていて薬物を断てないのか?と不思議になる。だが、現実はそんな単純に解決するものではない。親がありったけの愛情を注ぎ、子はそれを一身に受けて育ったのに、その強い絆は薬物の誘惑の前ではあまりにも脆い。深く理解していたはずの息子が、一体誰なのかわからなくなってしまう。7つの治療センターを訪れ、13回の依存症再発と向き合った親子の8年間は終わらない悪夢のようであり、さらに最悪なことにそれは夢ではなく現実なのだ。

父親で、ローリングストーンやプレイボーイといった一流雑誌に執筆し、ジャック・ニコルソンやスティーヴ・ジョブズにインタビューした著名なライターでもあるデヴィッド・シェフに扮するのはスティーヴ・カレル。公開中の『バイス』ではジョージ・W・ブッシュ政権の国防長官だったドナルド・ラムズフェルドをふてぶてしく演じたカレルは、ここでは愛する息子の変貌にうろたえ、苦悩しながら何としても救おうとする父親を真摯に演じる。

ティモシー・シャラメが演じる息子ニックは、成績優秀でスポーツ万能。両親は離婚しているが、何不自由ない環境で育ち、容姿も端麗だが、ドラッグによって破滅への一途をたどっていく。非の打ち所なく、誰からも愛されていた自分が変わってしまったことを自覚しながら、最愛の父や家族を裏切り続け、深みにはまって抜け出せない情けなさを全身で伝える表現に胸がえぐられる。実在のニックは現在脚本家として、Netflixの人気ドラマ「13の理由」などを手がけているが、身の置き所なさそうな憂いを帯びた表情など、シャラメは生き写しのようによく似ている。

ドラマティックな理由もなく、好奇心で手を出した薬物に絡め取られる。こんな自分は嫌だ、やめたいと本気で思う。だが、次の瞬間に自分を裏切ってしまう。この繰り返しが絶え間なくいつまでも続く。中毒者の現実をリアルに、ありのままに、否定も肯定もせず事実として積み重ねていくのは、ベルギー出身で『オーバー・ザ・ブルースカイ』(12年)がアカデミー賞外国語映画賞候補になったフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン監督。薬物摂取を断った時から、本当の闘いが始まることを伝えている。本当に更生できたのか、生涯を終える時まで決着はつかない。その長い闘いに寄り添い、決して見捨てないことの大切さもテーマだ。

『ビューティフル・ボーイ』とはジョン・レノンの名曲のタイトルでもある。デヴィッドはジョンの生前最後のインタビューをした人物でもあり、ジョンが息子に捧げた歌を自著のタイトルに据えた。ジョンが生前最後にレコーディングしたアルバム「ダブルファンタジー」に収録されたその曲は、デヴィッドがニックに抱く愛、親が子を思う普遍の言葉として響く。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ビューティフル・ボーイ』は4月12日より全国公開。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。