勢いが止まらない! 岐路に立つ映画界の行方占う試金石『ROMA/ローマ』

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Netflixオリジナル映画『ROMA/ローマ』
Netflixオリジナル映画『ROMA/ローマ』

【週末シネマ】『ROMA/ローマ』
『万引き家族』とオスカーを争う大本命作

2月発表の第91回アカデミー賞で、是枝裕和監督の『万引き家族』と外国語映画賞を争うのはまちがいなし、というよりも外国語映画賞の最有力候補と見なされているのが、現在Netlflixで配信中のアルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』だ。

『万引き家族』33年ぶり快挙!LA映画批評家協会賞外国語映画賞受賞

第86回アカデミー監督賞受賞作『ゼロ・グラビティ』(13)以来、5年ぶりの長編映画新作は、1961年生まれのキュアロンが自身の幼少期の思い出を交えてモノクロ映像で描く、1970年代メキシコの中産階級の家庭で働く若い女性の物語。ローマとは、舞台となるメキシコシティの住宅街「コロニア・ローマ」のことだ。

医者と学者の夫妻と子ども4人、妻の母という家族7人に、クレオとアデラという住み込みの家政婦2人がいる。家事の一切をこなし、忙しい両親に代わって母親のように子どもたちの面倒を見るクレオが主人公だ。20歳前後に見える彼女は子どもたちにとって姉のような年の差でもあり、気安く甘えて慕う存在だ。気立てが良く、無口で勤勉なクレオは恋愛もしている。武術に夢中で、やがて若者で構成する準軍事的集団に加わるその恋人の子どもをクレオは妊娠する。少しずつ起きている変化、クレオを雇う夫妻の仲に亀裂が入っていることが、一見平穏な日常の中のさざ波のように描かれる。

ストーリーは素朴なクレオや子どもたちの視点にしてあり、当たり前のこととして存在する階級格差や混乱していく社会事情、両親の不和については、子どもの目で見たまま、大人の事情で説明されたままのこととして描かれる。キュアロンは脚本と撮影も担当。カットを割らず、水平移動で長回しの撮影に、色のないモノクロ映像という組み合わせは、ドキュメンタリー・タッチでありながら美しい夢のような情景を映し出す。説明や主張を省き、淡々と出来事を並べていくだけなのに、客観的に引いた画面に映される世界は何とも雄弁だ。

キャストは、母親ソフィア役のマリア・デ・タビラ以外はほとんどがプロではない素人。クレオを演じるヤリッツア・アパリシオの本業は教師で、『ROMA/ローマ』に出演するまで演技を学んだこともなかったという。クレオと共に住み込みで働くアデラを演じたナンシー・ガルシアは実生活でアパリシオの親友だ。

現在、各映画賞で『万引き家族』と競っている本作は、設定こそ違えど、『万引き家族』に最高賞パルムドールを贈ったカンヌ国際映画祭審査員長のケイト・ブランシェットが掲げた「見えない人々(invisible people)」というテーマが共通する。メキシコの恵まれた白人家庭に生まれ、乳母に育てられたキュアロンが、苦境を生き抜いていた乳母と、やはり苦悩の日々を送っていた実母について、子どもの頃には見えなかった彼女たちの事情を掘り下げ、寄り添う作品だ。キャストに脚本を渡さず、シーンの説明だけで演じさせる手法も是枝と似ている。

『ROMA/ローマ』は昨年9月にヴェネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞に輝いて以来、ロサンゼルスやニューヨークなど各批評家協会賞、13日発表の第24回放送映画批評家協会賞では作品賞、監督賞、撮影賞、外国語映画賞の最多4部門を受賞し、勢いは止まらない。

シネマスコープの映像や細部にこだわり抜いた音響を鑑賞する術が、ごく一部の地域を除いてはインターネット配信のみというのはもったいない。だが、キュアロンは「白黒でスペイン語で、スターも出ていないメキシコ映画をどれだけの劇場が上映しようと考えるだろうか」「公開から1ヵ月以上経ってまだ(配信は)続いている。外国語映画には珍しいことだ」とゴールデン・グローブ賞受賞後の記者会見でコメント、「Netflixとプラットフォームの論争はもう終えるべきだと思う」と語った。

Netflix、Amazon、そしてHuluといった配信サービス製作の作品が世界の映画祭や映画賞を賑わすようになって数年経つ。外国語映画というカテゴリーに収まらない勢いを見せる『ROMA/ローマ』は岐路に立つ映画界の行方を占う試金石と言える。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ROMA/ローマ』はNetflixで配信中。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。