すべてが必然だと感じられるオザケンと岡崎京子の組み合わせ

#映画を聴く

『リバーズ・エッジ』
(C)2018「リバーズ・エッジ」製作委員会/岡崎京子・宝島社
『リバーズ・エッジ』
(C)2018「リバーズ・エッジ」製作委員会/岡崎京子・宝島社

…前編「音楽仕事人・世武裕子の的確な仕事ぶりは必聴!」より続く

【映画を聴く】『リバーズ・エッジ』後編
原作ファンを驚かせた小沢健二による主題歌提供

『リバーズ・エッジ』の映画化にあたってとりわけ原作ファンを驚かせたのが、小沢健二による主題歌の提供だ。昨年、19年ぶりのシングル『流動体について』とそれに続くSEKAI NO OWARIとの連名シングル『フクロウの声が聞こえる』を発表、テレビや夏フェスにも出演して“完全復活”を印象づけた小沢健二だが、彼と岡崎京子の交流は、ソロデビュー以前のフリッパーズ・ギター時代にまでさかのぼる。かねてより岡崎京子はフリッパーズ〜オザケンのファンを公言しており、本作を含むさまざまな作品でその名前が登場する。2010年に小沢が「ひふみよ」ツアーでコンサート活動を再開した際には、車椅子でステージを鑑賞。小沢が観客に岡崎が来ていることを涙ながらに紹介したという。

今回の主題歌は、同じく小沢健二と交流のある二階堂ふみから行定勲監督に提案されたものらしく、小沢の快諾を得て書き下ろしが実現。行定監督は当初、彼のキャリア初期の名曲である「天使たちのシーン」のようなバラード調の曲をイメージし、仮編集の段階では実際この楽曲をエンドロールに当て込んでいたそうだが、小沢健二が本作を見て書き下ろした新曲「アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)」はそれとまったく違う、作品に爽やかな後味をもたらす、軽快なフォークソングとなった。

「名作『リバーズ・エッジ』に付け加えられるものなんて何もない。そのことを制作にかかわったみんなが痛感しながら、それでも深い愛と共感を炸裂させたのが『リバーズ・エッジ』映画版だ」と、小沢健二はあるエッセイで書いている。しかし、最後にこの歌が鳴らされると鳴らされないとでは、作品のあり方が全然違っていたはず。そう思わせるほどこの曲は作品と強く結びつき、物語に柔らかな光を当てている。

映画公開に先行してストリーミング配信&CDリリースされた「アルペジオ」を歌詞を眺めながら聴くと、この曲が小沢健二から岡崎京子への“手紙”だということがすぐにわかった。『フクロウの声が聞こえる』のカップリング曲「シナモン(都市と家庭)」で「友愛の修辞法は難しい 恋文よりも高等で」と歌っていた小沢健二が、ここでは豊かな語彙から選び抜かれた言葉で岡崎への友愛を歌っているのだ。古くからのファンなら驚いてしまうような私小説的な世界が、ゲスト参加した二階堂ふみ&吉沢亮によるリーディングを交えながら展開されている。

しかし映画のエンディングテーマとして改めてこの曲を聴くと、その歌詞が岡崎京子だけでなく、登場人物のハルナや山田にもしっかり向けられていることに気づく。そして「本当の心は 本当の心へと 届く」「汚れた川は 再生の海へと 届く」という2つのフレーズは、『リバーズ・エッジ』という作品の本質を何よりも正確に捉えている。

岡崎京子が交通事故に遭った2年後、ニューヨークへ移り住み、表舞台から姿を消した小沢健二。それからちょうど20年が経過した2018年、岡崎京子の代表作である『リバーズ・エッジ』が映画化され、その主題歌を小沢健二が歌っている。2人は確かに生きていて、ハルナと山田も作品の中で生き続けている。その事実だけで胸がいっぱいになるし、すべてが必然だと感じずにはいられない。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)

『リバーズ・エッジ』は2月16日より全国公開中。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。