優美さと怪物性を音楽で表現、1つの曲に着想を得た異色作…2017年の映画を音楽で斬る!

#映画音楽#映画を聴く

『エル ELLE』
(C)2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINÉMA – ENTRE CHIEN ET LOUP
『エル ELLE』
(C)2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINÉMA – ENTRE CHIEN ET LOUP

…前編「すごすぎるクリストファー・ノーラン監督、新境地のソフィア・コッポラ監督!」より続く

【映画を聴く】2017年のベスト8/後編

●『エル ELLE』
何事も杓子定規であることを徹底して嫌うポール・ヴァーホーヴェン監督の思考が煮詰められた大問題作。音楽に関してはイギリスの作曲家、アン・ダッドリーによるスコアが中心で、そこにモーツァルトの「魔笛」や「ディヴェルティメント ニ長調 K.136」、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」、アルビノーニの「五声の協奏曲集」などのクラシックが挟み込まれるのだが、それらの優美な響きはイザベル・ユペールの演じるミシェルの凜とした身のこなしと完全にシンクロしている。いっぽうでイギー・ポップの「Lust For Life」といったアグレッシヴな楽曲には、彼女の中の怪物性を暗示させるところがあり、多面的なミシェルの人物像が丹念に表現されている。

ハリウッド女優が揃って尻込みしたショッキングすぎる話題作!

●『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』
マクドナルドを世界最大のファストフード・チェーンに成長させたレイ・クロックの成り上がり物語。ストーリーに音楽が絡むわけではないし、スコアが特徴的なわけでもないのだが、企画そのものがマーク・ノップラーの「Boom, Like That」という曲に着想を得ていることが興味深い。冴えないミルクシェーキ・ミキサーのセールスマンがマクドナルド兄弟の店の合理的なサービスに感激し、フランチャイズ展開をゴリ押し。ついには会社を乗っ取るまでの顛末が寓話のように歌われており、映画一本を作らせてしまうのも納得の深みある語り口が魅力だ。気になる方は2004年の彼のアルバム『Shangri-La』をぜひ。

●『夜明け告げるルーのうた』
『夜は短し歩けよ乙女』のわずか1ヵ月後に公開された、湯浅政明監督作品。商業性/エンタメ性をふんだんに盛り込んだ『夜は短し〜』に比べてアート志向で作家性の高いFlashアニメに仕上げられている。一番の見どころ&聴きどころは、やはり劇中で主人公のカイによって歌われる斉藤和義「歌うたいのバラッド」だ。かつて映画『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』の中で大滝詠一「1969年のドラッグ・レース」を使ったパートの作画と演出を担当して音楽ファンを驚かせた湯浅監督ならではの表現は健在だ。

●『タレンタイム〜優しい時間』

2009年に若くして亡くなったマレーシアの女性監督、ヤスミン・アフマドの遺作が、8年の歳月を経て日本公開。とある音楽コンクールを巡って心を通わせる若者たちを描いたドラマで、ドビュッシーの「月の光」やバッハの「ゴールドベルク変奏曲」のほか、ラーハット・ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの歌う「オー・レー・ピヤー/おお、愛しい人よ」などが効果的に使われる。それらに増して魅力的なのが、音楽監督のピート・テオが作曲した「アイ・ゴー」「エンジェル」という2つのオリジナル曲。ポップスの土壌の豊かさと広大さを改めて教えてくれる。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。