トム・クルーズ、爽やか笑顔で犯罪組織も欺く?

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『バリー・シール/アメリカをはめた男』
(C)Universal Pictures
『バリー・シール/アメリカをはめた男』
(C)Universal Pictures

トム・クルーズは、ちょっと悪いやつを演じている時がいきいきする。正統派のヒーローをいくつになっても颯爽と演じるが、それに勝る魅力を放つのが、悪でありながら一分の人間らしさを残して必死に足掻く男を演じる時。『バリー・シール/アメリカをはめた男』は、クルーズがその本領を存分に発揮する快作だ。

大スター、トム・クルーズがオヤジな役を嬉々として演じる理由とは?

バリー・シールはアメリカ南部出身の実在の人物だ。映画に描かれる通り、旅客機パイロットからCIAにスカウトされて中南米での極秘任務に就き、その過程で武器輸送や麻薬密輸にも手を染めた。1978年から80年代半ばにかけて、主にレーガン大統領の時代だ。

抜群の操縦技術と禁制品をこっそり持ち込み小遣い稼ぎする倫理観のゆるさが見込まれてスカウトされたバリーだが、CIAから言い渡された任務以外の悪事に手を出し、特にコロンビアの麻薬王に見込まれて大量のドラッグをアメリカに密輸するようになると、巨額の現金報酬を得るようになる。離陸困難になるほどの重量のドラッグ、南部の田舎町にかまえた拠点で隠し場所に困るほどの大量のドル紙幣など、漫画のような描写がテンポよく続く。

周到なようでツメが甘く、何度も絶体絶命のピンチをギリギリで切り抜ける主人公をクルーズは嬉々として演じている。一見中身がなさそうで実は堅実志向の金髪美女の妻と幼い子どもたちを何より大切にし、家では愛児たちのためにパンケーキを焼きながら、外に出れば政府と犯罪組織の双方を相手にわたり合う。

トム・クルーズ然としたキラー・スマイルが、ここでは必死の綱渡りを取り繕い、結果的に政府も欺くバリーの武器の1つとして活用され、同じ姿形でも色が変わるだけで印象を変える妙技に、これこそカメレオン俳優ということなのかも、と思う。

当時のニュース映像を使い、北米南米の指導者や麻薬王、クリントンやブッシュ父子など未来の大統領も実名で登場する一方、バリーを取り囲む状況は史実に基づきつつフィクションの部分も多い。だが、軽快でジェットコースターのような展開の中に嘘のような真実を混在させることで、70〜80年代のアメリカ大陸で何が起きていたのか、その後どこへどう広がっていったのかも描き出す。

監督は『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(14)に続いてクルーズとのコンビ2作目となるダグ・リーマン。彼の父は1986年に発覚したイラン・コントラ事件に関する上院聴聞会で主任顧問を務めていたという。監督も主演も、これ以上ないほど作品にふさわしい人物だ。本作についてリーマンは「実話に基づく楽しい嘘」とコメントしている。まさにその通り。罰当たりな男の破れかぶれの反省を、風刺を効かせて痛快に描いた社会派コメディだ。(文:冨永由紀/映画ライター)

『バリー・シール/アメリカをはめた男』は10月21日より公開中。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。