どこまでもリッチ! 芸術家一家に生まれた才媛だからこそ作れた『椿姫』

#ソフィア・コッポラ#映画を聴く

『ソフィア・コッポラの椿姫』
(C)Yasuko Kageyama
『ソフィア・コッポラの椿姫』
(C)Yasuko Kageyama

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オペラなんて見たことないという人にこそ見て欲しい!

ソフィア・コッポラ版『椿姫』でまず目を引くのは、キャストの着る衣装の華麗さだ。衣装のデザインは、ファッションブランド「ヴァレンティノ」の創始者であるヴァレンティノ・ガラヴァーニが担当。ダークトーンを基調としたキャスト陣の中に浮かび上がるヴィオレッタの椿色のドレスがとにかく美しい。そもそも本作の監督にコッポラ監督を推したのはヴァレンティノらしく、彼女の感覚によって『椿姫』にモダンなタッチを加えたかったのだとか。

コッポラ版のもうひとつの特徴が、ネイサン・クロウリーによる舞台美術。クリストファー・ノーラン監督の作品などでアカデミー美術賞にたびたびノミネートされている人だが、オペラの美術は今回が初めて。豪華でありながらごちゃごちゃと装飾された感じがなく、ひとつひとつの造形に説得力が備わっているのが特徴で、こういった映画畑のスタッフの起用も結果的にコッポラ監督がオペラを演出することの理由につながっている。

また、『椿姫』では通常、主要キャラクターであるヴィオレッタとアルフレード、その父のジェルモンの3人にフォーカスした演出がほとんどだが、コッポラ版では端役にもスポットを当てることで群像劇的な要素が盛られている。劇場で登場人物たちひとりひとりの動きを逐一追うことは難しかったに違いないが、映像化された本作ではカット割りの巧さによってコッポラ監督の演出が分かりやすく交通整理されているのが嬉しい。

もちろん、オーケストラピットの中を覗き込むことができるのも映像版ならではの魅力だ。コッポラ監督の演出する舞台の下で情熱的にタクトを振る1976年生まれの若手指揮者、ヤデル・ビニャミーニと楽団は、まさに縁の下の力持ち。有機的に絡み合う両者のコンビネーションを見る者にしっかり意識させてくれる。

ソフィア・コッポラ監督は、本作の後にコリン・ファレルとニコール・キッドマンの主演による『Beguiled(原題)』の公開が控えている。母親のエレノア・コッポラも自伝的作品『ボンジュール、アン』で80歳を過ぎて監督デビューを果たすなど、相変わらずコッポラ・ファミリーは全員がエネルギッシュに創作活動に取り組んでいる。生粋の芸術家一家に生まれた才媛だからこそ作り上げることのできた、どこまでもリッチな『椿姫』。オペラなんて見たことがない、という人にこそ見てほしいと思う。(文:伊藤隆剛/ライター)

『ソフィア・コッポラの椿姫』は10月6日より公開中。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。