後編/ダメ人間、でも愛すべきミュージシャンの再起を描いた『ヒップスター』

#映画を聴く

『ヒップスター』
(C)2012 Uncle Freddy Productions LLC.
『ヒップスター』
(C)2012 Uncle Freddy Productions LLC.

(…前編「『ショート・ターム』監督のデビュー作」より続く)

【映画を聴く】『ヒップスター』後編

泥くさいからこそ愛おしい!

アメリカ西海岸の最南端、メキシコとの国境に位置するサンディエゴは、多くの大学があるためかバンド活動が盛んで、90年代から個性的なインディーズバンドを数多く輩出していることで音楽ファンに知られている。

サウンド的にラウド・ロックやヘヴィ・ロック、ハードコア・パンクなど、激しく突き抜けたバンドが多いイメージがあるが、本作はよりメロディックでアコースティックなサウンドが中心となっており、おそらくこれこそサンディエゴのインディ音楽シーンの最新形なのだろう。サウンドトラックはよくできたコンピレーション・アルバムのような楽しみ方ができる。

劇中の音楽を担当しているのは、『ショート・ターム』と同じくジョエル・P・ウェスト。サンディエゴ在住のシンガー・ソングライターで、自身のバンドTHE TREE RINGを率いて活動するいっぽう、複数のドキュメンタリー映画などに楽曲を提供している。劇中で主人公のブルック・ハイドがフロントマンを務めるCANINES(ケイナインズ)は、この映画のために彼が結成。アメリカでは映画のために書き下ろしたオリジナル曲10曲を収録したアルバムも映画公開と同時にリリースされているようだ。

『ショート・ターム』では静謐な室内楽的アコースティック・サウンドを聴かせたウェストだが、ここではTHE TREE RINGとして、CANINESとして、またソロとしてさまざまな楽曲を提供。それらが器用貧乏のレベルを軽く超えてそれぞれの作品として成立しているからすごい。本作の音楽が“添え物”以上の存在感を持っているのは、間違いなく彼の貢献が大きい。ドミニク・ボガードの味わい深いヴォーカルもウェストの楽曲によくハマっている。

そしてもうひとり、劇中で印象的な音楽を聴かせるのがブルックの妹のスプリングを演じたローレン・コールマンだ。現在はオルタナ・カントリー・バンドのPebalunaとして活動している彼女だが、本作で女優デビュー。Pebaluna名義の「Hindsight」などで優しくも芯のある歌声を聴かせている。

そんな感じで、この『ヒップスター』は音楽的な魅力が満載の作品に仕上がっているが、何より素晴らしいのはやはり物語そのものだ。劇中、ブルックが福島の津波の映像を見つめるシーンが2回出てくる。2回目のシーンでは妹に「ミキ・エンドウ(※)を知っているか?」と聞き、そこから堰を切ったように感情を吐き出していく(※南三陸町職員で、東日本大震災の後に避難の呼びかけを続けて津波に巻き込まれた遠藤未希さんのこと)。

故郷のオハイオに母親の思い出とともに置き去りにしてきた自分の感情を呼び戻し、何とか闇から這い上がろうとするブルック。“喪失と再生の物語”は今も昔も呆れるほどたくさん作られているが、本作でブルックが再生していく姿は全然“ヒップスター”ではない。むしろ泥臭いと言ってもいいものだが、だからこそ愛しくて仕方がない。(文:伊藤隆剛/ライター)

『ヒップスター』は7月30日よりカリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2016@新宿シネマカリテにてプレミア公開ほか全国順次公開。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。

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