『ホテル・ムンバイ』アンソニー・マラス監督インタビュー

警備強化だけでは意味が無い。テロリストを生む理由を問う

#アンソニー・マラス

夫婦2人とも殺されたら子どもは孤児になる。この話が脚本のヒントとなった

2008年に実際に起きたテロ事件をもとにした『ホテル・ムンバイ』。インドの五つ星ホテルを舞台にした奇跡的な救出劇を描いた本作が、先週より公開中だ。

ホテルに閉じ込められた人々の葛藤、ホテルを愛し宿泊客を救うために前直を尽くすホテルマンたちのプロとしての誇り……。様々な人間ドラマに感動が沸き起こる。

当時の記録を徹底的に調べ上げ映画化したアンソニー・マラス監督が映画について語った。

──なぜ本作を監督しようと思ったのかお聞かせください。

監督:事件のことを知ったのはニュースを通じてだった。燃える建物や焦燥しきった人々の映像が印象的だった。その後、しばらくしてから事件のドキュメンタリーを見たんだ。ホテルの客や従業員の証言に基づく内容だったんだけど、事件のまったく違う側面を知ることができたよ。被害者だけでなく、テロリスト側の物語も紹介されていたんだ。

──そのドキュメンタリーが映画作りのきっかけとなったのですか? もう少し詳しく教えてください。

『ホテル・ムンバイ』
(C)2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM CORPORATION, ADELAIDE FILM FESTIVAL AND SCREENWEST INC

監督:このドキュメンタリーで印象深かったのは、ムスリムの宿泊客の話だ。彼女は他の人質と共に床に伏せていて、1人ずつ銃殺されていた。そして彼女の話によるといよいよ殺されるという瞬間のことだ。彼女は夫とイスラムの祈りを唱えたそうだ。それは親の葬式で覚えた祈りの言葉だった。彼女たちはトルコ人でアラビア語は話せない。銃を持った男もアラビア語を知らないパキスタン人だった。この男は数人の宿泊客を銃殺したあと、イスラムの祈りを唱える夫妻を見た。動揺していたそうだ。その男は夫妻に向けて銃を2発撃ったが、夫妻に当たらないように銃口を上げていた。そして銃を落とし、部屋を出て行った。これは とても考えさせられた話だった。テロリストにも夫妻にも興味を引かれたよ。それが皮切りとなり、事件の当事者となった人々の証言を集めるようになったんだ。

──単なる脱出劇にとどまらない作品で、世界中から感動の声が上がっています。

監督:現在 我々が世界各地で直面している社会問題が、見事な縮図となって表れている物語だと思う。

──他にも印象深いエピソードはありましたか?

『ホテル・ムンバイ』
(C)2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM CORPORATION, ADELAIDE FILM FESTIVAL AND SCREENWEST INC

監督:もう1つ印象深かったのは、子連れの夫婦の話だ。彼らはこんな話し合いをしたと言っていた。「2人とも殺されたら子どもは孤児になる」。
 そこで彼は、妻と別行動を取るという選択をする。彼女とはこういう約束を交わすんだ。「生き残りを懸けて、別々に闘おう」「どちらかが残れば、子どもは孤児にならずに済む」とね。その時、夫である彼が心から求めていたことは、妻のそばに寄り添っていることだ。妻を守り支え合いたいと願っている。だが、その一方で理性がこう訴える「爆弾で2人とも死んだら、子どもが孤児になる」とね。
 この衝撃的な決断の話を聞いたことが、映画を作ろうと思ったきっかけの1つだよ。この話は本作の脚本のヒントとなり、(アーミー・ハマー演じる)デヴィッドの物語の一部になっている。

──映画作りは順調に進んだのですか?

監督:先にドキュメンタリー作品が作られていたから、事件の生存者とのやりとりは非常にスムーズだった。彼らはドキュメンタリーの製作者たちとよい信頼関係を築いていた。そして、完成した作品も受け入れていた。彼らは新たなインタビューにも応じ、直接会えない場合にはスカイプで話をしてくれた。準備期間として半年間は、ひたすら当事者の証言に耳を傾けた。作品の中心となる物語を探したんだ。
 本当に恐ろしい体験だったと思う。あの状況の中で、自分のことを案じる親と電話で話したり、同じく身を潜める友人を心配したそうだ。そして激しく弾丸が飛び交った後、4時間もの静寂が続いたんだ。静けさの中、次に何が起きるか分からない。多くの宿泊客にとって、それが最も恐ろしい時間だったそうだ。

──舞台となるホテルについて教えてください。実際の事件の現場となったのは、ムンバイにある五つ星のタージマハル・ホテルですね。

監督:ムンバイの街は、とにかくすべてが目まぐるしく進む場所だ。どちらを向いても、一度に1000ぐらいのことが起きている。だがタージマハル・ホテルは違う。中へ入るとエアコンが効いていて、蒸し暑い屋外とは別世界だ。心地よい音楽が流れ、従業員がゆったり歩く。気味が悪いほど。落ち着いた雰囲気に満ちている。ムンバイの街の喧騒とのギャップが大きい。そして広いホテルの敷地内では建物の立派さに驚く。何人がかりで建てたのか見当もつかないような立派な建物なんだ。

──本作で一番描きたかったことは?

監督:宿泊客や従業員の姿だけでなく、加害者側の人間もきちんと描きたかった。テロリストたちの中にも、切実な理由から行動を起こさねばならなかった人たちがいた。彼らを派遣した連中とはまったく違う。彼らはパキスタンの奥地から
集められた若者なんだ。もし最初の10名が失敗したら次の10名が送り出される。そんな風に使い捨てされていた、幹部に洗脳されてしまった若者たちだよ。この作品で取り上げた事件以外、ほかの過激派団体も同じようなことをしている。

テロリストたちが洗脳されてしまった理由を考えるべきだ
──主演のデヴ・パテルについて教えてください。『スラムドッグ$ミリオネア』への出演でトップスターに躍り出た俳優ですが、インド出身ではなくロンドンで生まれたんですよね。

『ホテル・ムンバイ』
(C)2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM CORPORATION, ADELAIDE FILM FESTIVAL AND SCREENWEST INC

監督:彼は最初に契約した俳優の1人だった。
 デヴがこの役で表現したかったことの1つは、若きホテル従業員の家族への献身だ。彼には身重の妻とまだ幼い子どもがいた。デヴは細部にまでこだわり、家族の姿をきちんと表現した。彼らは貧しい地区の出身で、治安のよくない場所に住んでいる。彼の同僚も同じく貧しい地区から出勤し、豪華なホテルの中で働いているんだ。水道すらろくに通ってない場所に住んでいるから、自宅とは別世界の職場だ。
 デヴは映画の仕事で何度もインドで過ごしている。タージマハル・ホテルにも滞在した経験があった。彼が特に興味を引かれ、詳しく調べてくれたことがある。タージマハル・ホテルの従業員の多くは、恵まれない環境の出身者なんだ。タージが貧しい人たちに、生活改善のチャンスを与えているんだ。我々がインタビューした従業員の多くは、タージを“第2の家だと考えている”と言っていた。デヴはそれを念頭に演じていたよ。

──アーミー・ハマーについても教えてください。

監督:アーミー・ハマーの演技の幅の広さには驚いた。『君の名前で僕を呼んで』で演じた役や、『ソーシャル・ネットワーク』の役とも違う。彼が演じたデヴィッドは、いかにも典型的なアメリカ男性に見える。背が高くブロンドでたくましい体つきだ。だがアーミーは この役に繊細な内面を加えてくれた。デヴィッドは人として最大の恐怖に直面する。妻と恐ろしい事件に巻き込まれるんだ。アーミーは自分の感情を恐れずにさらけ出してくれたし、インドでの過酷な撮影にも耐えてくれた。友人としても頼りになるすばらしい人間だよ。

──最後に、本作に込めたメッセージをお聞かせください。

監督:まず、この事件を生き延びることができた勇敢な人々がいたということ。そして、事件が起きた理由を考えてほしいということだ。表面的な対策では解決につながらない。ホテルのドアやゲートに警備を置くだけではダメで、テロリストたちが洗脳されてしまった理由を考えるべきだ。

アンソニー・マラス
アンソニー・マラス
Anthony Maras

トルコのキプロス侵攻を描いた短編『THE PALACE(原題)』(11年)で注目を浴び、本作で長編映画デビュー。バラエティ誌が選ぶ「2018年注目すべき映画監督10人」にも選出された。