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『ドント・ウォーリー』ガス・ヴァン・サント監督インタビュー

故ロビン・ウィリアムズの意志を継いだ名匠が語る、20年の軌跡

『ドント・ウォーリー』ガス・ヴァン・サント監督インタビュー
ロビン・ウィリアムズの死によって、この企画は一度止まってしまった

『ドント・ウォーリー』
2019年5月3日より全国順次公開
(C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC
故ロビン・ウィリアムズが映画化を熱望した、“世界一辛辣な風刺漫画家”ジョン・キャラハンの人生を、名匠ガス・ヴァン・サントが映画化した『ドント・ウォーリー』が、5月3日より公開される。

アルコールがもととなる自動車事故で胸から下が麻痺してしまった男が、絶望の末に強さを得、アルコール依存症を克服していく姿と、彼を支える周囲の優しさは、見る者に勇気と感動をもたらすはずだ。

そんな珠玉作について、ガス・ヴァン・サント監督に話を聞いた。


──本作が完成するまでとても長い道のりだったと思います。この企画が映画化されないかもしれない、と思った時はありましたか?

『ドント・ウォーリー』
(C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC
監督:はい、20年以上ですね。もう少しで映画製作(をスタート)できるのではという時も何度もありました。脚本を書いて、これで準備万端と渡すことができた時には、やっと“今”なのだなと感慨深かったですね。

──完成するためのカギになったのは何でしょうか? 本作は、ロビン・ウィリアムズが原作の映画化権を取得し、制作を熱望した作品でもありますよね。生前、あなたに映画化の話をもちかけていたとお聞きしました。

監督:20年という月日がかかったのは、ロビン(・ウィリアムズ)が他の作品に取り組んでいて、本作のために時間を費やす自由な時間がなかったというのも、ひとつの理由です。そして、悲しいことに彼の死によってこの企画は止まってしまいました。
 ロビンはソニーの中に仕事用のライブラリーを持ってたのですが、ある日、ソニーのスタッフが「ロビンが遺したジョン・キャラハンの本がありますが、どうしますか?」と僕に連絡をしてきました。そんな感じで連絡がくると考えてなかったのですが、僕は「もし企画がオープンなら、取りにいくよ」と返事をしたんです。少しの間考えて、僕自身のなかでこの物語はずっと興味深いものだったと気づいたからです。

『ドント・ウォーリー』撮影中のガス・ヴァン・サント監督とホアキン・フェニックス
──ジョン・キャラハンは2010年に59歳で他界されていますが、彼にお会いになったことがありますね。彼はどんな人でしたか? 映画の中のようにアナーキー(無秩序)な精神の持ち主でしたか?

監督:彼は本当に赤い髪をしたアメリカに住む“アイルランド人”でしたね。面白いのは、彼はアイルランドには何も関係のないところで育ったにも拘わらず、(アイルランド人ように)トラブル・メイカーで、いつもユーモアを忘れなかったんです。
 彼がお酒を飲むようになったのは、子どもの頃に母親を知らないで育ったせいで(世界から)閉め出されたと感じていたからです。彼は、養子の兄弟4人の長男で、他の子どもたちとは違うと感じていたんだと思うんです。家族の中に居場所がないと感じ、それは大きな問題でした。子どもの頃、家族に血のつながりがないということが分かるのは精神的なダメージが大きくて、彼はいつも自分の母親が誰で、どこにいるのかを探していた。だからこそ、あえていつも茶目っ気を出していたんだと思うのです。

──生前のキャラハンは、自分の人生が映画化されることについてどう思っていたんでしょうか?

監督:とても喜んでいました。ロビン・ウィリアムズは、1990年代の早い段階で映画化権を獲得していました。『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』でロビンと仕事をした後、彼は脚本を開発しないかと私に聞いてきたんです。その直後からキャラハンといろいろなことを話し、ランチに一緒に行き、キャラハンの自伝について理解を深めていきました。ジョン・キャラハンはロビン・ウィリアムがカメラの前で自分を演じることを望んでいましたよ。
 もともと彼はロビンのファンで、ロビンは彼のイラストのファン。それがすべての始まりでした。だからこそ、キャラハンと共にとても興奮していたけれど、(映画が)なかなか製作できないことをとても悲しんでもいました。長い間そんな状況を見ていて、「この映画ができるころには僕たちは死んでしまっているよ」なんて話していました。

──主演のホアキン・フェニックスは、キャラハンが実際に治療を受け、車いすの訓練をしたり、リハビリセンターを訪ねたということですが、ホアキンが演じるこの役柄の準備にあなたも関わっていましたか? それとも彼に任せていましたか?

ガス・ヴァン・サント監督とホアキン・フェニックス
監督:関わっていました。ジョン・キャラハンが(事故の後)運ばれたランチョ・ロス・アミゴス・ナショナル・リハビリテーション・センターは、私たちがホアキンに紹介したんです。準備の段階で、彼は自分で車いすをレンタルか購入していたと思いますよ。まだ製作資金が集まっていなかったけれど、自分で車いすを用意して、自分の車に乗せていた。彼は自分自身で準備をし、それはこの映画に対して成果を生んだと思います。

──あなたから見て、ホアキンの素晴らしさとは何ですか?

監督:ホアキンはシーンの中で特別な瞬間を見つけることがとてもうまくて、キャラクターになりきるんです。もっと説明すると、僕が映画の撮影中に楽しんだのは、彼がその瞬間にいることを見ることでした。その“瞬間”というのは、グループの中だったり、病院の中だったり、彼がイラスト描いている家の中だったり……彼はキャラクターを呼び起こすことが本当にうまいんです。彼の演技は素晴らしい“瞬間”を作ってくれました。

(2019/05/01)


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ガス・ヴァン・サント
Gus Van Sant

1952年7月24日生まれ、アメリカ合衆国ケンタッキー州出身。CMの仕事を経て1985年に『マラノーチェ』で監督デビュー。2作目となる『ドラッグストア・カウボーイ』(89年)で高い評価を受け、『マイ・プライベート・アイダホ』(91年)でも多くの多くの映画賞を受賞。『誘う女』(95年)でニコール・キッドマンがゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞。『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97年)ではマッド・デイモンとベン・アフレックがアカデミー賞脚本賞、ロビン・ウィリアムズが助演男優賞を受賞。『エレファント』(03年)ではカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールと監督賞をW受賞。『ミルク』(08年)ではショーン・ペンがアカデミー賞主演男優賞を受賞。その他の主な作品に『サイコ』(98年)、『小説家を見つけたら』(00年)、『永遠の僕たち』(11年)、『プロミスト・ランド』(12年)などがある。

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