『ジュリアン』グザヴィエ・ルグラン監督×トーマス・ジオリア インタビュー

DVを描いた気鋭監督と子役が語る“恐怖”

#グザヴィエ・ルグラン#トーマス・ジオリア

恐怖や緊張を味わう役だったが、役を引きずることはなかった(ジオリア)

暴力的な夫と離婚した女性。そんな母と暮らす少年が、離婚調停で共同親権を得た父親と隔週末を過ごさなければならなくなった。ドメスティックバイオレンス(DV)の現実を、両親の間で苦悩と恐怖を味わう少年の視点で描いたフランス映画『ジュリアン』。自身が俳優でもあり、長編映画デビューの本作でヴェネチア国際映画祭監督賞を受賞したグザヴィエ・ルグラン監督と、主人公の少年ジュリアンを演じたトーマス・ジオリアが来日、話を聞いた。

──フランスではDVが2、3日に1人がDVの犠牲者になっているそうですが、フランスで上映して、特に女性たちの反応はどうでしたか?

『ジュリアン』
(C)2016 - KG Productions - France 3 Cinéma

監督:様々な反応がありました。今回、撮影前に、DV被害者の会に参加して話を聞いたり、事前調査をしたのですが、映画完成後、取材に協力してくれた女性に感想を聞くと、「私が経験した恐怖が再現されている。自分の物語を見ているようでした」と言われました。「夫の私に対する仕打ち、それを私がどう思ったか、全てが描かれていた」と。

──DVをテーマにした理由は?

監督:悲劇を描きたかったんです。家族について、そして家というものについて。自分たちを守ってくれるはずの家が、突如として危険な場所になりうること。DVは私たちの時代の悲劇、現代病と言えます。

──『ジュリアン』は2012年に撮った短編『すべてを失う前に』の続編と考えていいですか?

『ジュリアン』
(C)2016 - KG Productions - France 3 Cinéma

監督:実はこの物語は短編3部作として考えていました。『すべてを失う前に』は暴力的な夫と破局したジュリアンの母親とジュリアン、彼の姉のある1日の経過が1つに集約されていました。短編2本目以降のテーマとして“離婚”、離婚調停後に2週に1度の週末に親子が面会する物語を考えると、時間の経過以外の要素がたくさんある。短編1作目を撮って、その後の2つをまとめて長編にしたいと思ったんです。

──トーマスさんは初めての映画出演でしたが、いかがでしたか?

トーマス:撮影前に演技指導のコーチについて、数カ月間トレーニングしました。実際の映画のシーンごとに練習したり。ジュリアンにできるだけなりきろうと、演技に没頭するように心がけました。

──ドキュメンタリーを見ているような自然な演技でしたが、撮影期間中は、1日の撮影が終わっても役を引きずるような状態だったのでしょうか?

トーマス:(役に)なりきろうといつも思っていたので、コーチと監督とジュリアンという人物について話し合って作り上げていきました。私生活と線引きするよりも、役に身を投じるような気持ちでいました。

監督:撮影中ずっとそうだったのかい?

トーマス:いえ、自分に戻る時間もありました。恐怖や緊張を味わう役でしたが、休憩時間に共演者やスタッフの人たちとゲームして気分転換することもあったし。撮影が終わった後に役を引きずるようなことはありませんでした。

──恐怖やストレスを与える場面も多かったと思いますが、撮影はどのように進めましたか?

『ジュリアン』
(C)2016 - KG Productions - France 3 Cinéma

監督:何度もリハーサルしました。特に技術面で。細かい段取りを入念に繰り返しました。そのおかげで、撮影ではカメラを回しっぱなしにして俳優たちが自然に演じることができたんです。

──些細な生活音を丁寧に拾う反面、例えばパーティ・シーンでは登場人物たちの会話が音楽にかき消されています。音響について聞かせてください。

監督:まずは、日常音によって観客を引き込もうという狙いがありました。車のシートベルトの警報音、時計の針の音。若者たちが集まるパーティは大音量で音楽が流れている。それから考えたのは、日常における恐怖を音でどう表現するか、でした。恐怖をどう映画で表現するのか? この映画はアメリカのホラー映画とは違います。ある女性が「夜、帰宅する夫の足音や鍵を鍵穴に差し込む音で、この後彼が私を殴るかどうかがわかった」と話してくれたことがあります。音というものが絶え間ない警報になり得る。それを表現したいと考えました。

──トーマスさんにとって最も大変だった場面は?

トーマス:2つ、いや3つ……

監督:4つ、5つ、6つ(笑)。

トーマス:(笑)。父親と車に乗っているシーンです。父親の凄まじい怒りを目の当たりにした恐怖と戦う表現が難しかったです。それから銃撃のシーン。僕は大きな音が苦手だから(笑)。そしてクライマックスのバスタブのシーンです。詳しくは言えませんが、ここでもどう感情を表現するかが難しかった。

──演技に興味を持ったきっかけは?

トーマス:兄2人が演劇をやっていたんです。彼らが出演するお芝居はいつも見に行って、台詞を覚えたりしていました。僕はすごくシャイなので、最初は向いていないんじゃないかと思っていたけど、いつしか自分でもやってみたくなって、
10歳か11歳から演劇を始めました。そこの先生が『ジュリアン』のオーディションの話を聞いて、受けるように進めてくれました。

上から目線にならず、見守る姿勢を心がけ演出(監督)
『ジュリアン』メイキング風景/グザヴィエ・ルグラン監督(左)と父親役のドゥニ・メノーシェ(右)
──2月発表のセザール賞(フランス版アカデミー賞)の新人賞候補になりましたね。

トーマス:全く予想してませんでした。ちょうど家にいたんですが、プロデューサーからメールで連絡をもらって。びっくりしてすぐ母に電話して伝えました。

──監督は俳優でもいらっしゃいますが、俳優である経験は演出に役立ちますか?

監督:そうだと思います。撮影ではなるべく俳優の立場になって、彼らの仕事=演技を尊重し、上から目線にならず見守るという姿勢で演出することを心がけています。

──監督をやりたいと思った理由は?

『ジュリアン』メイキング風景/素顔は明るいトーマス・ジオリア

監督:演出するのが好きなんです。俳優として、舞台のリハーサル中には自分の出番ではないシーンの稽古を見るのが好きです。演出家の演技指導を見ながら、「僕ならこう言うだろう」と考えたり。演じながら自問自答もしていますし、脚本を書くこと、演出することが好きなんです。どのように物語るか、それに興味があります。

──自分の監督作に出演しようとは考えないのですか?

監督:いつかはそうするかもしれません。でも僕が監督する目的は自分に役を与えることではないんです。現実的には舞台俳優として年2本は公演があるし、それに監督として自分の演技を見るのは正直ちょっと(笑)。俳優としては他の演出家に見てもらう方がいいですね。

(text:冨永由紀)

グザヴィエ・ルグラン
グザヴィエ・ルグラン
Xavier Legrand

1979年生まれ。フランス出身。フランス国立高等演劇学校で演劇を学び、様々な演出家の下でチェーホフ、シェイクスピア、ハロルド・ピンターなどの作品の舞台に立つ。映画はフィリップがれる監督の『恋人たちの失われた革命』(05)などに出演。2012年に初めて手がけた短編映画『すべてを失う前に』は第86回アカデミー賞短編実写映画賞にノミネートされた。

トーマス・ジオリア
トーマス・ジオリア
Thomas Gioria

2003年生まれ、フランス出身。幼い頃から地元の小さな町の劇場で多くの劇を鑑賞。その後、演技を学び始め、オーディションでグザヴィエ・ルグラン監督から『ジュリアン』のジュリアン役に抜擢され、長編映画デビュー。次回作はファブリス・ドゥ・ヴェルツ監督の『Adoration(原題)』。