『皇帝ペンギン ただいま』リュック・ジャケ監督インタビュー

温暖化がもたらすペンギンのヒナの大量死…気鋭監督が語る南極の現実

#リュック・ジャケ

彼らは生きるために必要なことしかしない。縄張り争いのような無駄な消耗はしない

アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞し、世界中の観客を夢中にさせた『皇帝ペンギン』(05年)から12年。2015年11月から12月にかけての45日間、南極大陸で皇帝ペンギンたちの子育てを追った『皇帝ペンギン ただいま』が完成した。格段に進歩した撮影技術で、陸でも海中でも、まるで観客自身がペンギンになったかのような視点で撮られた臨場感あふれる映像に釘づけになる。前作から続いて、ペンギンたちの冒険を描いたリュック・ジャケ監督に話を聞いた。

──見たこともない光景をたくさん見せてもらえました。息をのむほど美しい場所で、ペンギンの群れの中に入って撮影していますが、彼らは警戒しないのですか?

監督:なぜペンギンが人間を怖がらないかというと、南極大陸が発見されたのが1840年。その後ずっと手付かずのまま放っておかれて、初めて人間が研究基地を作ったのが1950年。その間、人間が彼らの生態系に害を与えることはなかったし、基地もあくまでも研究目的で行っている人間たちですから、彼らに害を加えることはない。
 人間と敵対関係になるようなことが今までなかったから、学習として、人は怖い存在ではないということなんです。むしろ、人間は彼らにとって興味の対象にはなります。

──南極大陸という場所の魅力、2回も撮影で訪れたいと思わされる魅力とは何でしょうか?

『皇帝ペンギン ただいま』
(C) BONNE PIOCHE CINEMA – PAPRIKA FILMS - 2016 - Photo : (C) Daisy Gilardini

監督:最初にあったのは、誰もが行かないような極地と向き合うことへの興味です。それは人によって違う。山奥に行ってみたい人もいれば、海に行ってみたい人もいる。自然の中に身を置くことで英気が養われる。私の場合、極地と対峙して初めて自分の力を認識できると考えた。そういう意味で非常に惹かれる場所です。もう一つは、その美しさ。景色、そこに生息している生物たちの豊かさ、スケールの大きさ。全てが1つの美しさになって、私を魅了するんです。
 南極にいると、地球と自分の距離がものすごく遠く感じるんです。ひょっとして月の方が近いんじゃないか、というような感覚で。それが魅力です。

──今回は親と子の物語で、ペンギンが非常に人間と似ていると感じました。二足歩行であるということもあるし、親が子を見下ろし、子が見上げる視線の方向からも、種を超えた普遍的な関係が描かれている気がします。

監督:面白い視点ですね。。皇帝ペンギンは私にとっては非常に魅力的ですが、いうなれば、ただの鳥なんですよね。脳もすごく小さくて、知識の蓄積も全くない。なのに魅力的に見えるのは、おっしゃるように人間に近いものを感じさせてくれるからでしょう。メスとオスがつがいになって、卵を1個だけ産んで協力し合って育てるという点もそうですね。
 美しさも共通点です。それは外観の話でなく、彼らの生きる方法みたいなものがたちを感動させると思うんです。過酷な自然環境を耐えているからこそ、彼らは余計なエネルギーを使わず、要らないものは全部取り払い、生きるために必要なことしかしない。縄張り争いのような無駄なエネルギー消耗はしない。そういう生き方です。

──陸の上では人間と似ているペンギンですが、水の中に入った途端に全くわれわれとは似ても似つかない、スピード感あふれるすごい動物になります。

『皇帝ペンギン ただいま』
(C) BONNE PIOCHE CINEMA – PAPRIKA FILMS - 2016 - Photo : (C) Daisy Gilardini

監督:あれはものすごメタファーだと思います。陸上で、あの短い足で不器用に歩いていた動物が、水の中に入ると一瞬にしてパワフルな別の生き物になる。私も初めて見たときにものすごく衝撃を受けました。今回水中の映像を撮れたことは、前作品でほとんどできなかったことを実現できたという意味ですごくうれしいし、大きな挑戦でした。
 皇帝ペンギンは水深600mぐらいの深さまで潜って、20分無呼吸でいられるますが、私たちの技術ではまだ及ばず、今回の撮影も水温マイナス2度の海水で深さ100mまで。1回の潜水時間が大体5、6時間程度という状況で撮影できたのは世界で初めてだということです。ダイバーチームは35回ぐらい潜りましたが、1度も事故もなく、このような映像が撮れたのは、奇跡に近いと思います。
 初めて映像を介して深海の生物の多様性を見ることができました。色の鮮やかさ、生物たちの豊かさといい、まだまだ自分たちの知らない世界があるということです。

環境の悪化により、ヒナたちの大量死が起きている
『皇帝ペンギン ただいま』
(C) BONNE PIOCHE CINEMA – PAPRIKA FILMS - 2016 - Photo : (C) Daisy Gilardini
──ナレーションと音楽が多用され、自然の音を殊更には重視しない構成にした理由は?

監督:この作品はどちらかというと印象派的な色合いを持っていると思っています。自分が見て聞いて、感じたことを映像にしてるわけですから。だから、映像も音も、自分としては自然の中のリアルなものを描写しようということではなく、その音を聞いて感動した、そのときの私の感情を音に表して取り入れました。
 もちろん全く自然の素材を撮っていますが、それをストーリーとして語るのは自分の感性なんですよね。いわゆるドキュメンタリー映画とはまた違う。あくまでも自分の主観が作り上げた、私の視点で作った作品。客観的に、リアルに伝えようと思って撮った作品ではない。そういう意味ではアーティスティックな作品だと思います。

──前作から12年ぶりに撮影で再び訪れて、ペンギンや南極大陸に以前と違いを感じたことは?

『皇帝ペンギン ただいま』
(C) BONNE PIOCHE CINEMA – PAPRIKA FILMS - 2016 - Photo : (C) Daisy Gilardini

監督:景色がすごく変わっています。大きな氷原から氷山が完全に分離して流れていくことで、海水の流れも変わってしまう状況になっています。気温が上昇することによって雪が解けて、軟水の量が増える。軟水は海水よりも凍るのが早いから、氷原の面積が大きくなります。ペンギンたちは陸と海を行き来して餌を補給しますが、その距離が長くなることで繁殖しにくくなる。親が戻ってくるのを待ちきれず、飢えて死んでしまうヒナたちが急増している状況です。
 もう一つは、初めて私も体験しましたが、南極に雨が降るようになっています。ヒナの羽毛には防水や防寒の機能が全くないので、雨に濡れてしまうと、あとはもう凍死するしかないわけです。
 昔から学者は警鐘を鳴らしていました。1度、2度の気温上昇があったら、南極はこうなりますよ、と予想していたんです。実際、今の南極には雨が降り、ヒナたちの大量死が起きている。それを目の当たりにして、やはり環境の悪化は私たちが思う以上に早く進んでいると認識できます。
 実はこの作品の前に撮った『ICE AND THE SKY』は気候の温暖化をテーマにした作品でした。氷河学者のクロード・ロリウス博士が、地球がどのように破壊されているかを論理的に示した映画です。彼だけじゃなく、さまざまな科学の分野の方たちの協力を得て、具体的な数字を示したのですが、そうすると、今度は温暖化について懐疑的な人たちから「作り話じゃないのか」という意見も出ました。今回はあえて触れませんでしたが、『ICE AND THE SKY』で示した数字は現実です。いくら目を背けようとしても、背けられない現実は一方であると思います。

(text:冨永由紀)

リュック・ジャケ
リュック・ジャケ
Luc Jacquet

1967年12月5日生まれ、フランス・ブール=ガン=ブレス出身。生物学の高等教育修了後、南極にあるデュモン・デュルヴィル基地で14ヵ月間の越冬を経験した際、研究用の映像を撮ったことをきっかけに、生物学の研究者ではなく映像の仕事に進むことを決意。ドキュメンタリー映画の撮影監督としてキャリアをスタートさせ、93年に監督第1作『Lettres asutrales』(原題)を手がける。撮影監督を続けながら、監督作もコンスタントに手がけ、05年の監督作『皇帝ペンギン』でアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞。その後も、自然や環境保護をテーマに『きつねと私の12か月』(07年)などを撮り続けている。