『モリのいる場所』樹木希林インタビュー

「かあちゃん、可愛かったよ〜」の声が嬉しかった

#樹木希林

単に、のほほんと人生を送ってきた夫婦ではない

山崎努と樹木希林。日本が誇る2人の名優が初共演を果たした『モリのいる場所』が5月19日より公開される。30年間ほとんど自宅を出ることなく、小さな庭の生き物たちを見つめ、描き続けてきた画家・熊谷守一(モリ)とその妻・秀子の味わい深い暮らしを綴った作品だ。本作で秀子を演じた樹木希林に話を聞いた。

──脚本を読む前に出演を即決されたと聞きました。

樹木:もう飛びつきました。あの熊谷守一さんを演じられる山努さんのそばにいられるんですから……だからすぐにハイって。山さんとはこれまで、ご一緒するチャンスが全くなかったんです。この映画で出会わせてもらえ、至福でした。

──熊谷守一の絵は、よくご存知だったそうですね。

撮影中の樹木希林(左)と沖田修一監督(右)

樹木:20代の終わりぐらいに知人から奨められ、見るようになりました。初期は写実的なタッチ、それが年齢と共に変わっていき、抽象的な、極端に単純化されたスタイルになった。その過程と、守一さん本人の生き方がとても味わい深いです。

──お金にも名誉にも無頓着な夫をもち、童女のような可憐さと皮肉さを併せ持った秀子のたたずまいが印象的でした。演じた感想は?

樹木:お二人を実際に知っている方々の話を聞くと、つまらないことでけっこう口喧嘩をしている夫婦だったらしいですね。“相手”は佇まいが特殊なだけで、別に仙人の伴侶ぽくしなくてもよく、普通の感覚で接すればいいんだな、と。いちいち目を見て話さなかったり、時にはぞんざいな態度をとったりして、ごく有り体な夫婦のような空気感を大事にしました。

──山崎さんとは初共演ですね。試写は並んでご覧になったのですか?

撮影中の沖田修一監督(左)と樹木希林(右)

樹木:いえ、山さんは前方の席、わたしは後方で。自分の姿を見るのはいつまで経っても恥ずかしい。映画が終わったら山さんが「かあちゃん、可愛かったよ〜」と声をかけてくださってね、「嬉しいです」とわたしは答えました。

──完成作を見て、いかがでしたか?

樹木:なかなか愉快な映画ができたのではないでしょうか。ある不思議な、生きものたちの生態を細部に至るまで覗いているような。それこそ庭には、左の二番目の足から歩きだす蟻もいれば、いろんな生きものがいて、モリやわたしたちもまたそのひとつなわけです。こんな作品に出られて、俳優として得しました。

──樹木さんといえば、70年代の人気テレビ番組『寺内貫太郎一家』で沢田研二さん(ジュリー)のポスターを眺め、「ジュリ〜!」と身もだえする老女役が有名ですが、劇中ではそんな樹木さんの前で、姪役の池谷のぶえさんが沢田さんの大ヒット曲「危険なふたり」を口ずさむシーンがありますね。

撮影中の様子。左から山崎努、沖田修一監督、樹木希林

樹木:池谷さんも聴いたことなかったんだって。一所懸命、現場で歌詞とメロディーを覚えてた。時の流れを感じますねえ。
 それから、カメラマンのアシスタント役の吉村界人くん、あの子、普段も映画みたいにマイペースでトボけていて面白かった。口元が色っぽいのよね。それで私が「あなた、ジュリーのデビューの頃に似てるよ」って言ったら、「ジュリーって誰すか?」と平然と(笑)。

──夜、2人で碁を打ちながら、モリとの会話で秀子さんが「うちの子たちは早く死んじゃって」と呟きますが、当初の脚本にはありません。

樹木:一ヵ所どこかに、あの言葉を入れたかったの。5人の子どものうち、3人を赤貧で亡くしているんです。単に、のほほんと人生を送ってきた夫婦ではないんですよね。そんな“背景”を出したくて。

──沖田修一監督の現場は、初めてですよね。いかがでしたか?

樹木:『キツツキと雨』を見たら、安心して参加できました。役者をよく見ているし、生きもの全般に対して愛情があるのよね。モリが「みんな、学校がなくていいな」って渋々、画室に入って行くじゃない。わたしはその前に、やさしく諭すように「……ほーら」って言う。「早く行きなさいよ」ではなくて。こういうセリフが言える映画は素敵です。本当に素敵です。

樹木希林
樹木希林
きき・きりん

1943年1月15日生まれ、東京都出身。1961年に文学座に入り、「悠木千帆」名義で女優活動を始める。1964年に森繁久彌主演のテレビドラマ『七人の孫』にレギュラー出演し、人気を博す。20代から老け役を演じ、テレビドラマ『寺内貫太郎一家』(74年)の貫太郎の母役は大反響を呼んだ。映画にも幅広いジャンルの作品に出演し、近年は『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(07年)、『わが母の記』(11年)で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、『悪人』(10年)で同最優秀助演女優賞を受賞。その他、『歩いても 歩いても』(08年)、『ツナグ』(12年)、『そして父になる』(13年)、『海街diary』(15年)、『海よりもまだ深く』(16年)、『あん』(15年)、『万引き家族』(18年)などに出演。