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『心と体と』イルディコー・エニェディ監督インタビュー

人生はアドベンチャー、冒険してみて! 鬼才監督が苦悩の時ふりかえる

『心と体と』イルディコー・エニェディ監督インタビュー
一番辛い時でも美しい瞬間はあって、それが生きるということ

『心と体と』
2018年4月14日より全国順次公開
2017 (C) INFORG - M&M FILM
人との交わりが苦手で社会になじめない風変わりな女性と、人生をあきらめた片手が不自由な中年男。恋とは無縁に思えるような2人の、ちょっと不思議なラブストーリー『心と体と』が、4月14日より公開される。

18年のブランクを経て復活した鬼才イルディコー・エニェディが監督し、昨年のベルリン国際映画祭の最高賞・金熊賞を受賞した本作について、エニェディ監督自身に語ってもらった。


──本作は、社会とうまく馴染めない孤独な人々に寄り添う優しい作品だと感じました。特に、コミュニケーションが苦手なマーリアのキャラクターに共感する人たちは日本には多いと思います。

イルディコー・エニェディ監督
監督:今回は私にとって初めての訪日です。素晴らしい日本人の友人もいますし、日本の文学も読んだことがあります。しかしそれだけの知識しかないので、この作品のどの部分、またどのような角度で日本の観客が共感を持ってくれるのか、とても興味があります。
 マーリアのキャラクターは、とても変な人間だと受け取る人もいましたが、彼女はシャイ過ぎて、フレンドリーになれなくて人と上手く話せないので、社会となじめないのです。今の社会はそういった人間に寛容ではなく、助けてはくれません。マーリアのような性格の人は苦しめられていると思います。私は変な人間を描こうとしたのではなく、同じ苦しみを分け合ったり共感して欲しかったのです。

──若く美しいながらも社会に溶け込めない女性マーリアと、その上司で片手の不自由な男性エンドレは、同じ夢を見ていたことから接近し始めます。夢の中で2人は鹿になっているのですが、なぜ鹿だったのでしょうか? 日本では鹿は神の使いとされていて神聖な動物なので、大変興味深く感じました。

監督:人間は動物の運命を左右します。我々は食べる為に牛を殺しますが、鹿に対してはそうではない。これは悲劇です。牛と鹿は、とても類似点の多い動物なので、私は鹿を選んだわけです。
 主人公2人の夢が交差するシーンに鹿が出てくるのは、牛に最も近い動物で、兄弟のような存在だからです。優雅で壮大で魅力的な鹿は、我々人間の家畜ではありません。一方で牛は負荷をかけられ、泥にまみれている。これは我々のせいです。彼らは我々の社会を写す鏡ような存在であり、我々と牛・鹿は対等なのです。我々はこの惑星で同居していて、しかも世界はどんどん狭くなっている。尊厳を持ってどうやって分け合って生きていけるか、我々は学んでいるのです。

イルディコー・エニェディ
──監督は、長編デビュー作『私の20世紀』(89年)でカンヌ国際映画祭カメラドール(最優秀新人賞)を受賞したわけですが、ロカルノ映画祭で審査員特別賞を受賞した『Simon, the Magician』(99年)以降、本作を完成させるまでかなりブランクがありました。ブランクの期間はどのように過ごしていましたか?

監督:前作を撮り終えた時、私の子どもたちは幼稚園に行ってたり、学校に入学したりと節目があったので、その後はもっと早いスパンで、3、4年に一度ではなく、2、3年に一度くらいに映画を撮影できればと考えていました。実際、すぐプロジェクトに取り組んだのですが、それが製作中止となったのです。
 またがんばって新しいプロジェクトを始めたのですが、ほんの少しで撮影に入るというところで中止になったりしました。
 だめになったプロジェクトを水に流すことは容易なことではなく、ひょっとすると数ヵ月後、1年後に成立するかもしれないと期待を抱いて待ってしまうのですが、それもなく、また次の作品の準備に入るために、脚本を執筆するのに1年かかり、プロジェクトを立ち上げ数年を費やし、ということが続いたのです。黒沢明監督にも同様に苦しい時期があった と聞いています。撮影ができなくて自殺未遂をしたとか。誰にでも起こりえることなんでしょう。映画を撮りたくて、とてもとても撮りたい気持ちが募り躍起になってしまうと、悪い選択をしてしまうものです。私の場合はそうでした。
 同時期に大学で教えるようになったのですが、これがとても面白くて、若いフィルムメーカーたちの育成に多大なる情熱を注ぎました。しかし、ここに情熱を注ぐならば、全てのエネルギーを次回作に注ぐべきでした。ですが、流れに任せてしまったのです。そうした時、HBOヨーロッパでシリーズを撮る機会が巡ってきたのです。アメリカの人気ドラマシリーズ『In treatment』のハンガリー版リメイクでした。美しくて、パワフルで、ミニマルなフォーマットの意欲作で、ある種、リハビリの時間でありました。
 このシリーズに携わった直後に、『心と体と』に取り組むことができたのです。

──鹿が演技をしているように見えましたが、どのように撮影されたのですか?

監督:準備段階から、鹿についてたくさんのことを学びました。例えば女性が大都市で暗い街を歩く時、四方八方の危険を察知しないといけないですよね。鹿も同様に、森では何もかもにも注意を払う、そのために鹿の目はサイドについているんです。360度見渡せるように。なぜ肉食動物の目が前に付いているかといえば、獲物との距離を測るためなんです。
 我々が理解するべきは、鹿は人間に興味がなく、必要のない存在です。犬や馬は人間と長く共に生きてきたので、人間が必要で我々を喜ばせることをする。我々は犬や牛を世話してあげ、愛情や尊厳を持って接します。ですが鹿は違います。準備期間から撮影時までずっとトレーニングをし続けました。
 撮影の準備ができたとしても、とにかく些細なことにも注意を払って、鹿に強制することはできませんから、何をやるにしても辛抱強く待ち続けなければいけなかったのです。調教できませんし、説得もできません。頭の中で考えて、組み立てたとしても全く想定外のことが起こるわけです。
 撮影隊は15人の、小さいチームだったですが、いつまでもあの撮影は忘れられません。とても特別な経験だったのです。

──マーリア役のアレクサンドラ・ボルベーイが素晴らしかったです。非常に難しい役ですがどのように演出されたのでしょうか?

監督:マーリア役のキャスティングは難航したんです。30人くらいの若い女優に会いました。みな才能があって、やる気もありましたが、どの子も何かが足りなかったんです。5ヵ月もの間、マーリアを見つけることができませんでした。最初アレクサンドラ・ボルベーイには、精神科医の役をと考えておりました。
元気でストレートで、セクシーでホットな女の子。それが彼女です。実際、舞台ではそんな役ばかりを演じていました。でもどういうわけか、いつもアレクサンドラのことが頭にあって、試してみたくてしょうがなくなったのです。彼女はすでに脚本を読んでいて、一度テストしたことがあったのですが、そこではうまくいかなかった。でも諦めたくなかった。二度目のテストの時も十分ではなく、そしてとうとうある日突破した瞬間があったのです。
 彼女はとても努力家でその過程に私も一緒にいたので、撮影が始まったら、何も言う必要がないくらい、マーリア自身になっていました。これほど俳優と一心同体に、調和できた経験はかつてないものでした。

──エンドレ役のゲーザ・モルチャーニは本業が編集者で演技が初めてと聞きましたが、彼をキャスティングした決め手は何だったのでしょうか?
『心と体と』撮影中の様子

監督:マーリアは大きな振り幅のある役柄でしたが、エンドレの役は振り幅は小さいけれど、すごく大変な役ということがわかっていました。存在だけで説得力を持たさなくてはいけませんでした。全く違った人物になるとか、演技力というより、内にある強さやパワーを観客に感じさせなくてはいけません。
 カリスマ性があり、秘密を持っていそうで、しかも存在感も弱さもある、ゲーザは全てを持っていました。ハンガリーのどの俳優にもこれらの条件を満たした人はいませんでした。
 マーリア役が決まらない5ヵ月間、ゲーザにもオーディションに付き合ってもらい、台本読みの相手になってもらったのです。その間ゲーザを正すこともしなかったですし、アドバイスもしなかった。ただ彼に経験を積んで欲しかったですし、マーリア役候補の目をみて感じて欲しかった。それが彼の俳優レッスンの場となりました。

──本作はベルリンで金熊賞を受賞し、オスカーにノミネートされるなど高い評価を受けています。なぜ、この作品がこれだけ評価され、世界中で受け入れられているのか、ご自分ではどうお考えですか?

監督:運命的であり、本作は私にとって喜びでありました。製作中、準備からポスプロまで、充実し素晴らしい時間を過ごせました。特に、映画祭やハリウッドでも観客が騒いでくれたのは嬉しかったです。
 多くの人が、今の観客は辛抱しないし、冷めていて理解力がないと言っています。けれど、『心と体と』は説明が少なく、決してわかりやすい作品ではないですが、とても小さい伏線も、ユーモアも感情の起伏も、全く苦労せず観客が理解してくれました。もしかしたら、世界は思ったよりいいところなのかもしれません。みな想像以上に寛容で、好奇心が旺盛です。

『心と体と』撮影中の様子
──この映画を通してあなたが伝えたかったことは何でしょうか。

監督:私が伝えたかったのは「人生は人生だ」ということです。人生は白か黒かとか、悪と善とか、はっきり分けられるものではありません。一番辛い時でも美しい瞬間はあって、それが生きるということ。人生の一番大事なことは、幸せになるためだけではありません。今ここに存在すること、人生を惜しまないこと、自分を偽らず、逃げず、閉ざさず、出かけて、リスクを取ってみてください。人生はアドベンチャーです。冒険してください。

(2018/04/13)


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イルディコー・エニェディ
Ildikó Enyedi

1955年11月15日生まれ、ハンガリーのブダペスト出身。大学で経済学を学んだ後、ブダペスト演劇映画学校(現・大学)で映画制作を学ぶ。芸術家集団 “Indigo”への所属を経て、デビュー作『私の20世紀』(89年)がカンヌ国際映画祭でカメラドール(最優秀新人賞)を受賞。ロカルノ映画祭で審査員特別賞を獲得した『Simon, the Magician』(99年)以降、18年のブランクを経て『心と体と』(2017年)を発表しベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞。その他の作品は『Magic Hunter』(95年)、『タマーシュ&ユリ・ふたりの20世紀』(97年)。また、90年には製作会社“スリー・ラビット・スタジオ”を設立。欧州のマスタークラス(スイス、ポーランド)で講義を行うと共に、ブダペスト演劇映画大学で教鞭をとっている。2017年には、ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門の審査員を務めた。

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