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『デトロイト』キャスリン・ビグロー監督インタビュー

白人警官による密室の暴力──戦慄の実話描いた問題作を語る

『デトロイト』キャスリン・ビグロー監督インタビュー
事実を凝縮し物語を作り上げることが必要

『デトロイト』
2018年1月26日より全国公開
(C)2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED. 
1967年7月、捜査中の警官が黒人少年を殴ったことをきっかけにデトロイト市内で勃発、5日間続いた暴動で多数の死者を出し、街も廃墟となったデトロイト暴動──この渦中に起こった惨劇“アルジェ・モーテル事件”を描いた『デトロイト』が公開された。

『ハート・ロッカー』で女性初のアカデミー賞監督賞を受賞したキャスリン・ビグロー監督の渾身作で、白人警官たちが“容疑者”を暴力的に尋問していく様子に戦慄が走る。圧倒的なリアリティで話題を呼ぶ本作について、ビグロー監督に聞いた。


──実話に挑み、実在の人物も何人か登場しますが、ご留意されたのはどんなことでしたか?

監督:今回のように、現実のストーリーを語る場合には、語り手として歴史と、生存者にも亡くなった人たちも含めて関わった人々に責任を持つ心構えが必要です。

キャスリン・ビグロー
──実際にアルジェ・モーテルの事件の被害者となった3人(メルヴィン・ディスミュークス、ラリー・リード、ジュリー・アン・ハイセル)がコンサルタントとして制作に参加していますね。

監督:この映画の製作準備の中で最も貴重な体験は、不幸な事件を経験しながらも生き抜いてきた人々との時間を過ごせたことです。彼らのおかげで、事件当夜の状況を細部に至るまで解明することができました。50年経った今も、彼らの多くは事件の話になると動揺を隠せないことは明らかでした。それは当然のことです。

──60年代を背景にした映画を作るのは難しいですか? 60年のマンネリ化した映像イメージを避けるのは大変でしたか?

監督:不思議なことに、それについては気にしたことがないんです。でも、時代性の正確な映画にするという点は非常に重要でした。だから詳細までこだわりました。例えば、アメリカは、現在では道路に2本の黄色のラインが引かれている。当時それはなかったから、すべてのシーンで道路の1本のラインを消しました。

撮影中のキャスリン・ビグロー監督
──本作はボストンで撮影されたそうですね。

監督:予算上の問題で、デトロイトで撮影できませんでした。撮影する1年前にデトロイト市のやっていた映画撮影税金免除が廃止されたんです。そうでなければデトロイトで撮影するのが完璧だった。準備までしていたんです。クルーを雇ったり、その為のセットを作ったり……。ところが税金免除の法律が廃止されることが本決まりになって、たったの3日で、撮影をボストンに移動することになりました。ボストンの映画撮影の税金は比較的安いので、予算の上で随分節約になりました。ボストンこそ、米国での映画撮影のホットスポットだと思いますよ。

──アカデミー賞を受賞し、これまで素晴らしい映画を作ってきたあなたほどの著名監督でも、いまだにそうやって予算を工面するのが難しいのですか?

監督:予算を確保するのはいつも難しいですね。あと、責任もある。桁外れの予算を使いたくはないんです、責任を持てる範囲の予算で映画を作ることを心掛けています。

『デトロイト』
(C)2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED. 
──事実とフィクションのバランスをどう取りましたか? 一番難しかった点は?

監督:事実にフィクションを加える場合、批判の的になることは避けられません。『ハート・ロッカー』の場合はイラク、『ゼロ・ダーク・サーティ』の場合はオサマ・ビンラディンの捜索が実際に起こった事ではあるものの、私の映画はフィクションであり、ドキュメンタリーではありません。『デトロイト』について言えば、1967年7月について30時間のミニシリーズという形で作ることも可能なはず。映画にするということは、事実を凝縮し物語を作り上げることが必要になる。しっかりとリサーチをして事実を知り、その中から正確な判断によって物語を作り上げていくことが必要。この事件の場合、たくさんの記録が残っていたから、事実を埋めるための大きな工作、でっちあげをする必要はありませんでした。

(2018/01/26)


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キャスリン・ビグロー
Kathryn Bigelow

1951年11月27日生まれ、カリフォルニア州出身。サンフランシスコ美術大学卒業後、コロンビア大学院芸術大学院で映画を学ぶ。広告モデルなどを務める一方、83年の『ラブレス』で長編映画監督デビュー。89年にジェームズ・キャメロン監督と結婚、91年に離婚。『ストレンジ・デイズ/1999年12月31日』(95年)が赤字となり、02年の『K-19』も興行的に失敗するが、『ハート・ロッカー』(09年)でアカデミー賞監督賞など6部門を受賞。その他の作品に『ニア・ダーク/月夜の出来事』(87年)、『ハートブルー 』(91年)、『ゼロ・ダーク・サーティ』(12年)などがある。

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