『ブランカとギター弾き』長谷井宏紀監督インタビュー

クストリッツァ監督が後押しし、ヴェネチアが認めた日本の才能!

#長谷井宏紀

エミール・クストリッツァ監督との出会いから始まった

世界中を旅しながら、その瞬間に感じたものを写真や映像として切り取ってきた長谷井宏紀監督。彼が孤児の少女ブランカと盲目のギター弾きピーターとの心の交流を描いた映画『ブランカとギター弾き』が日本で公開を迎える。

本作は、ヴェネチア国際映画祭、ヴェネチア・ビエンナーレの出資のもと製作され、第72回ベネチア国際映画祭でソッリーゾ・ディベルソ賞、マジックランタン賞を受賞するなど高い評価を得た。非常にユニークな経歴を持つ長谷井監督に、本作制作のいきさつや、ものづくりへの情熱などを聞いた。

──今回、長編デビュー作が日本で公開されますが、どういう経緯で本作を撮ることになったのですか?

『ブランカとギター弾き』
(C)2015-ALL Rights Reserved Dorje Film

監督:自分でいろいろ興味のあるものを撮っているなか、世界中を旅しているときに、フィリピンのごみ山で生きる子どもたちと出会って、結構そこに通っていたんです。そこにいる子どもたちとも仲良くなって、短編で映像を撮っていたら、その作品をセルビアのエミール・クストリッツァ監督が気に入ってくれて、しばらくの間サポートをしてくれることになったんです。そこからセルビアに住んで脚本を書き始めたりしたんです。

──世界を旅する目的というのは映画監督になるために?

監督:はっきりとそういう目的があったわけではないですが、世界を見ることで自分のなかでも、なにかが見えてくるんだろうなという思いはありました。

『ブランカとギター弾き』
(C)2015-ALL Rights Reserved Dorje Film

──フィリピンのごみ山での撮影はどういった経緯から?

監督:通っているうちに子どもたちとも気心が知れて、その場でストーリーを考えて撮ってみた感じです。

──その映像をクストリッツァ監督が気に入ってくれたとのことでしたが、野心みたいなものはあったのでしょうか?

監督:うまくいえないのですが、僕の場合、野心とかが作品に入るとダメなんですよね。純粋に子どもたちと遊んで、自分のなかに湧き出てきたストーリーで作った1日だけの話。なぜ作ったかというと、楽しみたかったから。それがセルビア人のクストリッツァ監督の心に響いたんですよね。

──エミール・クストリッツァ監督とはどういう繋がりだったのですか?

監督:彼は映バンドをやっていて、僕はそのツアーに一緒に回っていたんです。たまたまそのとき、僕の映像を見てくれて、2年間ぐらい僕のサポートをしてくれたので、セルビアで暮らしながら脚本や創作活動をしたんです。そこからドイツ人やイタリア人のプロデューサー達と知り合いになり、最終的にヴェネチアでこの映画に繋がったんです。

──先ほど野心はなかったとお話しされていましたが、商業映画としての展望はお持ちだったのでしょうか?
長谷井宏紀監督

監督:この作品は、ヴェネチア国際映画祭、ヴェネチア・ビエンナーレが全額出資してくれた作品なので、ルールとして「プレミアはヴェネチアで」というのは決まっていたんです。でもその後の劇場公開とかはまったく考えていませんでした。

──では作品作りで一番大切にしていることは?

監督:純度という言葉をどう定義するかという話になるのですが、映画に対して純度高く取り組むことによって、結果は後からついてくると思うんです。僕はこの作品が長編映画第1作目なので、そこまで経験に基づいていえるわけではないのですが、自身の思いを純度高く、余計なことを考えないで作品に集中することが一番大切なことだと思うんです。もちろん、しっかりした作戦や計画を立てて、成功に導くという方法も素晴らしいと思いますが、僕には難しいやり方かもしれません。

──この作品に傾けた長谷井監督の一番純度の高い情熱は?

監督:「みんな楽しく、楽にいこうよ」ということかな。大人になると厳しい世の中だということは感じると思うけれど、作り手の僕らが「もっと楽に!」と伝えることは大切だと思うんです。主人公のブランカもそうだけど、6〜7歳って、まだ自分たちの居場所を限定していない。自分たちがミドルクラスだとかハイクラスだとか考えてないですよね。だんだん成長して、そういうことが理解できて、スラムにいる子どもたちは現実を受け止められずに、ヘビーな世界に進んでしまうこともあるけれど……。だからあえて「楽しくいこう」というメッセージは、希望に繋がるし大切なことだと思うんです。

──そういう考えは、スラムに足を運んで感じたことなのですか?

監督:あまり説教くさいことをいいたいわけではないんです。僕がスラムに足を運ぶのも、なにかをしてあげたいということは全くない。ただ子どもたちと触れ合うことで、僕の心を彼らが温かくしてくれるんです。だから通っていたんです。

日本で予算が通らないなら、別のところでやればいい
『ブランカとギター弾き』
(C)2015-ALL Rights Reserved Dorje Film

──しばらく日本で創作活動を続けるとのことですが、日本映画界は閉塞感があるといわれることもあります。

監督:映画ってボーダレスだと思うんです。今回ヴェネチアがサポートしてくれたけれど、僕の過去や実績も関係ない。情熱と企画のおもしろさだけで資金を出してくれた。もちろんビジネスリスクは背負いたくないというのは正しいと思うし、日本のやり方もすごくわかります。でも日本で予算的な面も含めて企画が通らないなら、別のところでやればいい。

──別というのは海外ということですか?

監督:そう。僕なんか最初に響いてくれたのはセルビア人ですからね。日本では僕の企画は最初そんなに響かなかった。正直、セルビア人が「いいね」って言ってくれるまで、セルビアってどこにあるのかすら知らなかった。だからどこで響くかわからないよね。日本で響けば一番手っ取り早いけれど、もしダメでもスペイン、アルゼンチン、ウルグアイ、韓国……どこかで響くかもしれない。

──行動あるのみ?

監督:いまはインターネットもあるし、世界と繋がることはそれほど難しくない。ネガティブなこともたくさんあると思うけれど、自分の思いに純度高くモチベーションを持ち続ければ、響いてくれる人がどこかにいる。待っていてもダメだから、とにかく気持ちを上げて行動することが大切だと思います。

(text&photo:磯部正和)

長谷井宏紀
長谷井宏紀
はせい・こうき

1975年生まれ、岡山県出身。2009年、フィリピンのストリートチルドレンとの出会いから生まれた短編映画『GODOG』でエミール・クストリッツァ監督が主催するセルビアKustendorf International Film and Music Festival にてグランプリ(金の卵賞)を受賞。その後、ヨーロッパとフィリピンを活動の拠点とし、2012年、短編映画『LUHA SA DISYERTO (砂漠の涙)』(伊・独合作)をオールフィリピンロケにて完成させた。2015年、『ブランカとギター弾き』で長編監督デビューを果たす。