『最愛の子』ピーター・チャン監督インタビュー

年間20万人もの児童誘拐をテーマに親子の愛を描く

#ピーター・チャン

いまの中国が抱える社会問題をすべて提起した作品

中国では年間20万人もの子どもが行方不明になっているという。児童誘拐の背景にあるのは経済格差や一人っ子政策。『最愛の子』は、『君さえいれば 金枝玉葉』『ラヴソング』の名匠ピーター・チャン監督が、実際に起きた幼児誘拐事件に着想を得て紡ぎ出した人間ドラマだ。

深圳の下町で誘拐された3歳の男の子。必死の捜査の末、3年の時を経て父と母は子どもを探し出すが、彼は父母の顔を忘れていた。育ての親を本当の親と信じる子どもと、その姿に困惑する実の親。そして育ての母の複雑な思い……。

親と子の心の葛藤、そして愛について考えさせられる本作について、チャン監督に聞いた。

ピーター・チャン監督

──この映画を作ろうと思ったきっかけは何ですか?

監督:2012年に、テレビでニュース番組のドキュメンタリーを見たんです。この映画の基となっている実際の誘拐事件を扱った30分の番組でした。ここ10年くらい、中国では児童誘拐が大きな社会問題になっていて、政府の発表によれば、中国では年間20万人もの子どもが誘拐されています。この番組を見たときに非常に強い力を感じました。愛する我が子が誘拐され、とてもつらく苦しい思いをしてようやく見つけたけれども、子どもが見つかってからも新たな苦しみが生まれてしまう。我が子は産みの親を覚えていず、育ての親のほうに親しんでいる。このストーリーは、いまの中国が抱える社会問題をすべて提起しています。児童売買、貧富の格差、教育、一人っ子政策。だからこそ思いました。「これは映画にしなければならない」と。なぜなら、私自身がこの物語に非常に感動し、ある種の力をもらった気がするからです。何とかしてこの10年間の中国で起こっていることを映画にしたいと思いました。

──本作は前半を被害者の、後半は加害者の、それぞれの視点で描いています。このような構成にした理由は?

監督:そのドキュメンタリーを見たとき、この事件が抱えるさまざまな問題に気づきました。子どもを見つけた後に、より多くの問題が生まれたのです。そこから角度を変えるたびに、いろんなものが見えてきました。映画の前半で、私たち観客は子どもを誘拐された親と共に旅に出ます。バスに乗って子どもを捜す旅をするうちに徐々に子を誘拐された親たちの気持ちになり、彼らと同じように誘拐犯を憎みます。ですが、ようやく見つかった子どもは親を覚えてなく、誘拐犯の妻である育ての母を求めてしまう。育ての母の元から無理やり子どもを連れ帰ることで、我が子にまるで二度めの誘拐をされたかのような思いを味わわせてしまうことになり、再び傷をつけてしまう羽目になる……。 
 物語の後半は、彼女が育てた娘を取り戻そうとします。実際は、彼女が弁護士を雇って裁判をおこそうなんてとても無理な話で、後半は別の角度から彼女を描写するために創作したフィクションの部分です。これによって、相手の立場に立って複眼的に物ごとを見ることが出来るのではないかと思ったのです。人はみな「自分は正しい」と自己中心的に考えがちで、自分の立場でしか物ごとを見ようとしません。劇中、弁護士が「我々中国人はいつも自分の立場でしか物事を考えない」と語りますが、これは中国に限らず、世界中、皆そうなのだと思います。だからこそ、今作ではこのような構成にすることで、ストーリーだけでなく人間性の描写に関しても、白か黒かとはっきり判別することはせず、むしろグレーの部分をどう理解するかが重要だと考えていました。

中国に昔からある封建的な考え、極端な男尊女卑の価値観が問題
『最愛の子』
(C)2014 We Pictures Ltd.

──この映画は、中国社会に影響を及ぼしましたか?

監督:一昨年(2014年)の公開後にこの映画が社会に及ぼした反響は大きいものでした。この間、ある児童誘拐のチャリティ活動をしている人に出会ったのですが、彼は「私たちが10何年もかけてやってきた活動を、あなたは1本の映画で多くの人に知らしめてくれた」と言いました。映画は普遍的な影響力を持っています。
 実際この映画の公開後、中国では微博(ウェイボー=中国版Twitter)で、「誘拐された子を捜そう」というタグが増えましたし、私やスタッフたちも呼びかけました。さらに、法律に関してもある変化がありました。以前は、中国では児童売買に関して、子どもを売る者だけが有罪で、買った親は無罪とされていました。でも、需要があるから供給があり、買う人がいなければ売る人はいないはずです。中国公開の約半年後に、法律の見直しをしようという動きがあり、2015年11月から子どもを買う者も有罪となりました。この映画もわずかながら、こうした動きに貢献出来たのかもしれません。
先日、中国では一人っ子政策の廃止が発表され、「二人っ子政策」に軌道修正されました。児童誘拐問題を論じる時、一人っ子政策が問題を引き起こしていると考える人が多いのですが、私はそうは思いません。それよりもむしろ、政策により子どもを一人しか産めないとなると女の子ではなく男の子をほしがる風潮にみられるような、中国に昔からある封建的な考え、極端な男尊女卑の価値観が問題だと思っています。

──最後に日本の観客へのメッセ―ジをお願いします。

監督:日本の皆さん、是非『最愛の子』をご覧ください。私が初めてテレビのドキュメンタリーを見たときと同じような気持ちを、この映画を見ることで観客の皆さんも感じていただけるのではと思っています。

ピーター・チャン
ピーター・チャン
陳可辛

1962年11月28日、香港生まれ。父は映画監督・プロデューサーの陳銅民。12歳でタイ・バンコクに移住し、その後アメリカ・カリフォルニア州へ。ロサンゼルスの大学の映画学科に学び、21歳で香港に戻った後、ゴールデン・ハーベストに入り助監督を務め、91年『愛という名のもとに』で監督デビューし、香港監督協会が選ぶ最優秀作品賞に選ばれるなど高い評価を受けた。92年に、エリック・ツァン、クラウディ・チョンと映画製作会社UFOを設立、90年代の香港映画界に新風を巻き起こす。UFOでは良質で洗練された都会派のコメディを次々と手がけ、93年、リー・チーガイ監督と共同監督した『月夜の願い』、『君さえいれば 金枝玉葉』(94年)などをヒットさせる。『ラヴソング』(96年)では香港電影金像奨で最優秀作品賞、最優秀監督賞ほか9冠に輝き、TIME誌が選ぶ1997年のベスト10にも選出された。その他、『ラブレター/誰かが私に恋してる?』(99年)、『ウォーロード/男たちの誓い』(07年)等を監督。2014年には香港の映画監督としては初めて中華文化の発展に貢献した人物に贈られる名誉賞「中華文化人物」を授与されたほか、同年の第19回釜山国際映画祭にて、アジアを代表する監督・俳優に贈られるアジアスターアワード特別賞を受賞。