『喝 風太郎!!』市原隼人インタビュー

“元熱血少年”が、あきらめきれない人生を語る

#市原隼人

相手の気持ちを100パーセントを理解することはできない

「サラリーマン金太郎」や「俺の空」などの原作者である本宮ひろ志の人気コミックを実写映画化した『喝 風太郎!!』。本作で、大酒ぐらいで大の女好きという破天荒な僧侶・風太郎を演じたのが、俳優・市原隼人だ。

2001年『リリイ・シュシュのすべて』でスクリーンデビューを飾ったとき中学生だった市原も、現在は32歳。「年を重ねるたびに分からないことが増えてきた」と語る市原の真意に迫る。

──漫画原作である本作。風太郎というキャラクターも現実離れしたところも多く見られますが、どのように捉えて役に臨んだのでしょうか?

市原:人間の本来のあるべき姿を見ているような人で、演じられることがすごくうれしかったです。一見、お酒好きで女好き、破天荒で我が道を行くような男に感じられますが、その裏には幼少期に大切なものを失った悲しさや寂しさがある人物。その隙間を仏法に頼っているところも人間臭いなと思いました。

──破天荒な風太郎だからこそ、説得力があると感じる部分も多かったです。

市原隼人

市原:クマのぬいぐるみみたいな風貌で、矛盾だらけ。でもだからこそ、多くの人の目線に立てるし、親近感もあると思います。人って結局概念を外していくと、最後は物体もなくなって、命だけが残ると思うんです。そのなかでなにを信じて生きていくか――。脚本を読んでいると、自然に入ってくる言葉が多く、生きるヒントを与えてくれます。

──市原さんにとって、生きていくうえで信じるものとは?

市原:結局は信じるものは自分しかないと思います。コツコツと相手の気持ちに寄り添っても、100パーセント気持ちを理解することはできません。とは言いつつも、自分のことはもっと分からない。他者との関係性のなかで、自分を知っていくものだと思うのですが、それも年々分からなくなっています。

──年を重ねるたびに分からなくなっていく?

『喝 風太郎!!』
(C)本宮ひろ志/集英社 (C)2019 株式会社浜友商事

市原:はい。10代は自我が芽生えてきて「この服が好き、この音楽が好き、このアーティストのライフスタイルが好き」と興味を持つことで、影響を受けて自分自身の生き方も固まっていくと思うんです。そのアイデンティティに従って生活をしていくのですが、不思議なことに、僕は30歳を超えて、一度固まったものが崩れていく感じがします。「もしかして自分が信じていたことは、ただの押し付けやわがままなのかも」と。

──でもそうなると、生きることが少し楽になったりしませんか?

市原:それは感じます。すべてを受け止められるというか、いままでよりも視野が広がってきたことで、マイナスだと感じられたこともプラスに見ることができる。その分なにかを失い、寂しさを感じることはあるのですが、自分を一つの点として、360度見渡せる感覚になっているような気がします。

──そんななか、いまの市原さんの理想というのはどこにあるのでしょうか?

市原:客観的な視点を持ちつつ、本気で笑えて泣けて悔しがって、物事の根源を大切にできる瞬間を増やしていきたいという思いがあります。いまの自分のなかの夢ですね。

縁というものは、人からいただくもの
市原隼人
──「万物はすべて縁(えにし)である」という言葉も深いものを感じました。

市原:縁はとても大切です。いままで本当にいろいろなご縁をいただいて、ここまで来ています。ただ、縁というものは自分のタイミングで手にできるものではなく、人からいただくものだと思っています。

──タイミングが合わなかったことでつかめなかった縁も?

市原:もちろんそれはあります。具体的には言えませんが……。ただ僕はつかんだものは絶対離したくないと思っています。よく人は「なにかをつかむためには、なにかを離さなければいけない」と言いますが、僕はそれをしたくない。その分、いろいろなものを背負うかもしれないし、自分も苦しい思いをするかもしれませんが、離したくないんです(笑)。

──作品でも風太郎と出会った人は、彼の破天荒な生き様に翻弄されつつも、心を奪われます。

市原:変な話ですが、あと何年生きられるのかなと考えると、後悔したくないですよね。もちろん生きていると楽しいことばかりじゃないし、やらなければいけないこと、してはいけないこと、人には見せられない姿など、いろいろなことがあります。そんななかで、僕は人見知りなのですが、人とのコミュニケーションはしっかり取りたいと思っています。人と接することで自分と向き合うことができるので。結局は人が好きなんだと思います。

──市原さんと話をしていると、人間の体温を感じます。

市原:先ほど、自分が分からなくなったと言いましたが、24時間365日、人生は分岐点を迎えていると思うんです。そのなかで、どこで折り合いをつけるかという意味では「もういいや」と諦めてしまおうと思ったこともありました。「誰も信じられない」と思うこともあります。でも、結局は諦められない。言ってみれば「諦めることがどうしても諦められない」ってことだと思います(笑)。特に人に対しては……。

(text&photo:磯部正和)

市原隼人
市原隼人
いちはら・はやと

1987年2月6日生まれ、神奈川県出身。01年公開の映画『リリイ・シュシュのすべて』の主演でスクリーンデビューし、04年には 『偶然にも最悪な少年』で日本アカデミー賞新人賞受賞。『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』(08年) 、『ボックス!』(10年)、『極道大戦争』(15年)、『劇場版 おいしい給食』(20年)、『WATER BOYS2』(04年)、『カラマーゾフの兄弟』(13年) など多数の映画ドラマで主演を務める。映画化もされた『ROOKIES』(08)、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』(17年)、ミュージカル「生きる」など多数作品に出演。21年には映画『ヤクザと家族 The Family』、『太陽は動かない』が公開。また、写真家としても活動。映像作品に『Butterfly』(監督・主演)、アーティスト「DEVIL NO ID」MV(監督)などがある。