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周防正行監督&草刈民代『ダンシング・チャップリン』インタビュー

周防正行監督&草刈民代『ダンシング・チャップリン』インタビュー

 

発言するのも、行動を起こすのも
バレリーナであるという意識を背負っていた(草刈)

  • 周防正行監督と草刈民代夫妻が『Shall we ダンス?』(96年)以来、15年ぶりに監督と女優としてタッグを組んだのが、映画『ダンシング・チャップリン』だ。

    モチーフとなっているのは、フランスの巨匠振付家ローラン・プティが、チャップリンの名作映画を題材に振り付けた同名舞台。コミカルで時に哀愁漂う踊りを披露しているのは、1991年の初演以来、チャップリンを踊り続けているダンサーのルイジ・ボニーノと、日本を代表するバレリーナの草刈。バレエというフィルターにかけられた『黄金狂時代』が、『キッド』が、そして『街の灯』が、周防監督というもう1つのフィルターを通して、銀幕へと投影されていく。

    これがバレリーナとしてラストダンスになった草刈と、彼女の練習風景、映画化されるまでの舞台裏と演目の二幕構成で、見事な作品へと仕上げた周防監督。そんな2人に『ダンシング・チャップリン』の始まりから、作品に込めた思い、知られざる夫婦関係などについて語ってもらった。

    ・[動画]周防正行監督&草刈民代インタビュー
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  • ──草刈さんのバレリーナとしてのラストダンスをこういう形で映像に収める企画は、どんな風に始まったのでしょうか?
  • 周防:もともとは「ダンシング・チャップリン」の振付家でもあるローラン・プティの奥さんである元バレリーナのジジ・ジャンメールが、この作品は映像に残しておいた方がいいと、ルイジ(・ボニーノ)に勧めたのがきっかけ。「ダンシング・チャップリン」は民代にピッタリなんだから、民代に相談てみてはとなり、ルイジが草刈に相談、草刈が僕に相談したという流れなんです。
    もともと僕はルイジのことをよく知っていたし、この作品も結婚した年に生の舞台を見ている。それに、ルイジが踊らなくなったら、この作品を踊る人がいなくなるという危機感もあったので、最低限、記録として残したい。だったら、自分でビデオを回すかくらいのノリで、この話をプロデューサー(桝井省志)にしたら、「撮りたいなら、商業映画で勝負しましょう」と言ってくれてスタートした。それが草刈のラストダンスになったのは、スケジュールを考えたら、最後の公演の後しかなかったから。
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  • ──草刈さんは、最初にルイジさんからこの話を聞いたときにどう思いました?
  • 草刈:バレエの作品を映像化するのってすごく大変なので、実現するかどうかはわからないけど、とりあえず旦那さんには話をしてみると答えて。でも、主人は何か引っかかるものがあったみたいで、桝井さんに相談してみようかってことになり、話が動き始めた感じです。何が何でもやりたいというよりも、できるのかしら(笑)、くらいの感じでしたね。
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  • ──2人が監督と女優として組むのは『Shall we ダンス?』以来となりますが、久しぶりの共作はいかがでしたか?
  • 周防:『Shall we ダンス?』は僕が書いた本で、その世界のなかで草刈が役をきちんと成立させてくれるのかどうかが一番の関心事。言ってみれば、僕のホームグラウンドにお客さんを招いたようなものです。
    ところが今度は、踊りという彼女のホームグラウンドに僕が出かけていった感じで。『Shall we ダンス?』のときは、僕の書いたセリフや、僕が要求する動きをきちんと演じてくれよと思って見ていましたが、今度は「私がちゃんと踊っているんだから、きちんと撮ってよ」と、こっちがプレッシャーを受けてる(笑)。
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  • ──チャップリンの映画をベースにしているだけに、チャップリンの映画を見ていないと楽しめないのではと思う方もいるかなと思いますが。
  • 草刈:そんなことはないと思います。踊りは見て感じるものがすべて。先に学習をしておけば理解ができないというものでもないと思います。この映画に関して言えば、踊りの作品を見るガイドは、舞台裏や練習風景を映した第一幕で十分です。それを見ることで、第二幕の踊りを楽しめるし、理解できると思います。
  • 周防:僕はいつも1年に1本しか映画を見ない人でも、200本も300本も見る人でも面白いと思ってもらえる映画を作りたいと思っていて。もちろん、1本しか見ない人と200本も300本も見る人とでは映画の面白がり方は違いますが、わかる人だけにわかってもらえればいいと開き直らず、見た人なりに楽しめる作品を作りたいと、ずっと思ってやってきました。今回もそう。僕はチャップリンを知らなくても楽しめるように作っています。この映画を見て、チャップリンを見てみようという若い人が出てくれば嬉しいですね。
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  • ──本作のプレス資料にある周防さんのインタビューで、草刈さんとの日常生活について「緊張感がある」と語っている部分が気になりました。その“日常の緊張感”についてお聞きしたいのですが。
  • 草刈:それは話半分(笑)。
    周防:まあ、サービス精神で言ったことで(笑)。
    ただ、改めて思ったんですけど、(草刈が)バレリーナとして本番を迎える日の朝って、ものすごいピリピリしてたんです。「触らぬ“民”に祟りなし」って名言はそこから生まれたんですけど、本番が近づいたら近寄らない方がいい(笑)。
    ところがバレリーナを辞め、女優になってからは撮影本番の日の朝、とても楽しそうで、何だって自由に話しかけられるんです。
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  • ──草刈さんにとっては、やっぱり肩の荷が下りた面があります?
  • 草刈:そうですね。やはり、体を維持し、技術を維持することはすごい緊張感があったことだと思う。いつも気をつけていないと体は維持できませんでしたし。
    世間的にバレリーナとして名前が知られる立場になっている人も少ないですから、そこに対する責任感みたいなものもありました。責任感という意味では、今よりもはるかに大きいものを背負っていました。発言するのも、行動を起こすのも、バレリーナであるという意識を背負っていましたし。それに比べると今は責任感が違います。女優さんの数は多いし、私はまだ始めたばかりだし、単にそのなかの1人なだけです。踊っているときとは立場が違います。
    周防:そうだね、以前はバレリーナとして発言しなければいけなかったから。なので、今は一応、家庭内環境としては、随分と空気はやわらぎました(笑)。
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  • ──では、ラストダンスを終えた今は、どんなお気持ちでしょう?
  • 草刈:この映画の公開が、踊りに関わる最後の仕事でした。撮影したのは2年前ですが、私自身もダンサーであることから気持ちが切り替わるためには、その時間が必要だったような気がします。なによりも、今までの歴史を振り返れば、日本でバレエの映画が商業映画として制作され、公開されるなんて、ありえないことだったはずなのです。それが実現していることは大きな喜びです。
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  • ──監督は今後、草刈さんにどんな女優になってもらいたいと思っています?
  • 周防:あまりないんですけど、1つだけ思っているのが、女優という職業を好きになってほしいということ。バレエにこれだけ打ち込んできたので、次の仕事も同じくらい打ち込んでほしい。いつ死ぬかわかりませんが、そのときに、私はバレリーナとしても頑張ったけど、女優としても頑張ったと言えるためには、まず女優という職業を好きになってほしい。そのためにも頑張ってもらいたいですね。
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  • (2011/4/15)
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周防正行監督

すお・まさゆき
1956年、東京生まれ。立教大学在学中に高橋伴明監督の助監督となり、若松孝二監督、井筒和幸監督らの助監督も経験する。89年に本木雅弘主演『ファンシイダンス』で一般映画監督デビュー。再び本木と組んだ『シコふんじゃった。』(89)で日本アカデミー賞最優秀作品賞などを受賞。96年に監督した『Shall we ダンス?』では、社交ダンスブームを巻き起こし、第20回日本アカデミー賞13部門独占という快挙を成し遂げる。また、07年には10年間の沈黙を破り『それでもボクはやってない』を監督。痴漢裁判というセンセーショナルな題材で話題を呼び、各映画賞を総なめにした。

草刈民代

くさかり・たみよ
1965年、東京生まれ。8歳でバレエを始め、16歳で牧阿佐美に師事。プロのバレリーナの道を歩むために高校を中退。18歳のときに『恋の絲』(牧阿佐美振付)で主役デビューを果たす。以降、バレリーナとして数々の賞を受賞し、海外での公演も行う。30歳のときに出演した周防正行監督作『Shall we ダンス?』で、第20回日本アカデミー賞新人俳優賞、最優秀主演女優賞など、数々の賞を受賞。その後、周防監督と結婚。2009年4月、自らの企画・構成・プロデュースによる『Esprit? エスプリ? ローラン・プティの世界』の公演を最後に、バレリーナを引退。現在、女優として活躍中。

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周防正行監督&草刈民代

 

『ダンシング・チャップリン』場面
『ダンシング・チャップリン』
2011年4月16日より銀座テアトルシネマほかにて全国公開
(C) 2011フジテレビジョン / 東宝 / アルタミラ ピクチャーズ / 電通 / スオズ

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